©「ミスタームーンライト」製作委員会

©「ミスタームーンライト」製作委員会

2023.1.23

Bデイ「ビートルズ=自由」が日本を変えたあの日「ミスタームーンライト 1966ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢」

音楽映画は魂の音楽祭である。そう定義してどしどし音楽映画取りあげていきます。夏だけでない、年中無休の音楽祭、シネマ・ソニックが始まります。

宮脇祐介

宮脇祐介

時代の大きな流れが変わるできごとがある。
近年でいえば、2020年新型コロナウイルス禍、11年東日本大震災、01年アメリカ同時多発テロ・・・・・・。
 
そう、57年前の「1966年ビートルズ来日」も確実にそのできごとの一つである。
 

ビートルズという世界一級品のバンドを招聘する

ベトナム戦争のおり、日本は鉄鋼、船舶などの重厚長大産業の輸出が盛んになる一方、経済だけではなく坂本九の「上を向いて歩こう」が世界的にヒットするなど、日本のエンターテインメントも世界に躍り出ていた。
 
そうこの映画は戦後20年余り、高度経済成長の中「日本人が稼いだ金で、ビートルズという世界一級品のバンドを招聘(しょうへい)する」一大プロジェクトの物語なのである。
 
ビートルズ来日を、当時の人は「Bデイ」と呼んでいたそうだ。
 

「JALの法被を着たタラップの4人」の仕掛け人

日本のエンターテインメントの歴史が変わる「Bデイ」の瞬間に立ち会った人々。
ビートルズを日本で売ったプロデューサー。
ビートルズを取り上げた編集者。
ビートルズを日本に招聘したプロモーター。
ビートルズの日本滞在を映像に残した監督。
ビートルズに会った人々。
ビートルズで人生が変わった人々・・・・・・。

 
この映画では登場するその誰もがとてもにこやかに、当時を生き生きと振り返るのが印象的なのである。
 
あの有名な「JALの法被を着たタラップの4人」の仕掛け人のエピソードは興味深かったなあ。
 
内田裕也さんと尾藤イサオさんは、なぜ客席のなかったアリーナの最前列で2人だけで公演を見ていたのか!の謎の証言には手を打って笑ってしまった。
 
他の多くの証言がBデイを浮き彫りにしていく。

 

ビートルズ=自由

それは、みんなが生き生きと自由に好きを自分で判断して仕事をすることをビートルズが教えてくれたのだ!
 
「ビートルズ=自由」が日本を大きく変えていったと思わせてくれた。
 
バンドを組み、自分たちで曲を作って、ライブを行う。
 
今では何気ないことなのだが、それは66年「Bデイ」があったからなのである。
時代の大きな流れが変わるできごと。
 
そして特に印象に残ったのが「僕らを世界中でだまさなかったのはタツだけだった」というジョージ・ハリスンが言ったという話。
共同企画(現キョードー東京)の永島達司さんの仕事ぶり、日本のライブ・エンターテインメントの源流が垣間見えた。
 
ぜひとも今週末劇場にてご覧ください。
 
追伸:ちなみに僕は66年生まれ。生まれ年のおかげで、ビートルズの話に興味を持っている。この映画で取り上げられてはいないのだが、ビートルズ来日のエピソードで大好きなのは、福岡の板付空港にメンバーが悪天候のため不時着すると言ううわさを聞きつけシーナ&ロケッツの鮎川誠さんがバイクを飛ばして行ったら、ガランとした夜の空港に同じように待っている人が何人もいたという話。「Bデイ」がいかに日本全国を巻き込んだできごとだったかがうかがえる。

ライター
宮脇祐介

宮脇祐介

みやわき・ゆうすけ 福岡県出身、ひとシネマ総合プロデューサー。映画「手紙」「毎日かあさん」(実写/アニメ)「横道世之介」など毎日新聞連載作品を映像化。「日本沈没」「チア★ダン」「関ケ原」「糸」「ラーゲリより愛を込めて」など多くの映画製作委員会に参加。朗読劇「島守の塔」企画・演出。追悼特別展「高倉健」を企画・運営し全国10カ所で巡回。趣味は東京にある福岡のお店を食べ歩くこと。

この記事の写真を見る

  • ©「ミスタームーンライト」製作委員会
さらに写真を見る(合計1枚)