NARC ナーク

NARC ナーク

2022.6.14

追悼レイ・リオッタ 「NARC ナーク」で見せた切れまくる刑事の悲しみ:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

5月26日、思いがけないニュースが目に飛び込んできた。ハリウッド俳優のレイ・リオッタが、新作を撮影するため滞在していたドミニカ共和国にて、就寝中に息を引き取ったという。67歳だった。


キーワード「倫理の揺らぎ」

ジョナサン・デミ監督の「サムシング・ワイルド」(1986年)で本格的な映画デビューを飾ったリオッタは、日本でも大ヒットした「フィールド・オブ・ドリームス」(89年)でシューレス・ジョー・ジャクソンの幽霊を演じてその名を広く知らしめた。翌90年にはマーティン・スコセッシ監督の実録マフィア映画「グッドフェローズ」で主人公ヘンリー・ヒルを演じ、これがリオッタのキャリアにおける代表作となった。「羊たちの沈黙」(91年)の続編「ハンニバル」(2001年)で演じた〝レクター博士に脳みそを調理された男〟ポール・クレンドラー役も忘れられない。

リオッタには悪役俳優のイメージがつきまとう。実際には「コリーナ、コリーナ」(94年)、「ハートブレイカー」(01年)などのヒューマンドラマやコメディーでチャーミングな役どころを演じることもあったが、サイコパスやキレやすい刑事、犯罪者役を数多くこなし、圧倒的なインパクトを放った。

トレードマークの鋭い眼光をぎらつかせ、時に狂気を覗かせるリオッタの押しの強い演技、存在感に、筆者も幾度となく肝を冷やした記憶がある。加えて、リオッタは現実味のある人間臭いキャラクターを好んで演じた。精神的なもろさを抱えて暴走し、後戻りのできない極限状況に陥っていくような破滅的な役どころが似合う俳優で、その特性にこそ彼の魅力があった。

 
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残酷な真実が待ち受ける捜査官殺しのミステリー

そんなリオッタの資質が最も生かされ、映画そのものに並々ならぬすごみを吹き込んだのが、デビュー間もないジョー・カーナハン監督と組んだ「NARC ナーク」(02年)である。舞台は米デトロイト。麻薬犯罪の潜入捜査中に誤って妊婦を撃ってしまい、停職処分を受けたテリス(ジェイソン・パトリック)が、上層部から新たな任務を命じられる。それはカルベスという潜入捜査官が何者かに殺害された事件の真相を探ること。やがてテリスはカルベスの元相棒、オーク警部補(リオッタ)とコンビを組み、捜査を始めるが……。
 
リオッタはここでもキレまくっている。彼が演じるオークは、ショットガンを握り締めて麻薬中毒者や売人の巣窟に乗り込み、怒鳴り声を上げながら、犯罪者どもを容赦なくとっちめる。警察官としての職務意識は人一倍なのだが、頭に血がのぼると手がつけられなくなるため、デトロイト警察内でも問題児扱いされている。リオッタ=オークが何かのはずみでぶちキレるたびに、見ているこちらまでいたたまれない気分にさせられる。
 
すると中盤、荒くれ刑事のオークが、主人公のテリスに身の上話を語るシーンで印象が変わってくる。それまでになくうつろで遠い目をしたオークは、実は風俗課上がりの苦労人で、若くして最愛の妻を亡くしたつらい過去を引きずっていることが明かされる。瞬間湯沸かし器のようなオークの怒りの陰には、癒やしようのない悲しみがあったのだと。

 


個性が結実した、重く複雑なキャラクター

しかし、本作はセンチメンタルな人情ドラマではない。麻薬がまん延した犯罪多発地域の荒廃ぶりと、そこに身を投じる捜査官の過酷な境遇を、手持ちカメラで生々しく映し出すカーナハン監督は、終盤にさらなる残酷な展開を用意した。むろんネタバレは避けるが、廃虚化した自動車工場を舞台にしたクライマックスでは捜査官殺しの驚くべき真実が解き明かされる。
 
その異様なテンションみなぎる修羅場では、決して越えてはならないモラルの境界線上でもがく男たちの壮絶な末路が描かれる。そう、本作は「セルピコ」(73年)、「トレーニング・デイ」(01年)の系譜に連なるように、〝倫理の揺らぎ〟というテーマを追求した生粋の警察映画であり、〝キレると怖い〟リオッタの個性がこのうえなく重く、複雑なキャラクターに結実したミステリースリラーなのである。
 
ちなみに本作は公開時、カーナハン監督の才能にほれ込んだトム・クルーズが製作総指揮に名を連ねたことも話題になった。魂を削るような気迫の演技を見せたリオッタも製作を務めている。リオッタが約40年の俳優人生において、主演とプロデューサー(総指揮や共同製作を除く)を兼任した長編映画は本作だけであった。合掌。
 
DVD「NARC ナーク スペシャル・コレクターズ・エディション」(1572円税込み)はパラマウントから販売中。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。