いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。
2024.1.08
ジェニファー・ローレンスの振り切れた演技に注目のコメディー「マディのおしごと 恋の手ほどき始めます」:オンラインの森
近年のハリウッドでは女性の映画スターたちがこぞってプロデュース業に力を入れている。「バービー」はもともとマーゴット・ロビーがプロデューサーに専念するつもりで始めた企画だし、「バービー」と映画賞レースを争いそうな「哀れなるものたち」も主演のエマ・ストーンがプロデューサーを兼ねている。
ほかにもケイト・ブランシェット、シャーリーズ・セロン、リース・ウィザースプーンら第一線のスターたちがそれぞれに製作会社を持ち、意欲的に業界の多様化を推し進めている。
実際にあったネット広告から着想を得た、下ネタ上等のコメディー
18歳で主演した「ウィンターズ・ボーン」でアカデミー主演女優賞に初ノミネートされた天才俳優ジェニファー・ローレンスも、2018年に製作会社エクセレント・カダバーを設立。第一回作品「その道の向こうに」は、ローレンスふんする帰還兵が故郷の町で出会った自動車修理工と交流を深めるヒューマンドラマで、ローレンスはプロデューサーも務め、共演のブライアン・タイリー・ヘンリーにオスカーノミネートをもたらした。
そしてローレンス主演&プロデュースの第2弾が、ソニー・ピクチャーズから配信リリースされている「マディのおしごと 恋の手ほどき始めます」なのだが、いくらローレンスが飾らない人柄で知られているとはいえ、軽々と予想を超えてきた。賞狙いなんてもってのほか、一時期のハリウッドでキャメロン・ディアスが一手に引き受けていた、下ネタ上等のセックスコメディーなのだ。
ローレンスふんする主人公マディは、ニューヨーク州東端のビーチリゾート、モントークに暮らす32歳。母から相続した一軒家に、バーテンとUberの運転手をしながらひとりで暮らしている。ところが税金の滞納でマイカーを差し押さえられてしまう。
窮したマディは、奇妙な募集に応募する。大学進学を控えた奥手すぎる息子を心配した親が、息子とデートして童貞を奪ってくれたら自動車を進呈する、というのだ。かくしてマディの体当たりのお色気誘惑作戦が開始される――というのがだいたいの筋書きだ。
ゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされたジェニファーの突き抜けた演技
もちろん両親が19歳の息子とセックスしてくれる女性を広告で募るなんてムチャクチャな話だが、ローレンスと監督のジーン・スタプニツキーはほぼ同内容のネット広告を見つけ、このR指定コメディーの着想を得たという。さらにいえば32歳がクルマ目当てに19歳にセックスを迫るのも倫理的にアウトだが、この映画は「明らかに間違っていることにまい進する人々」の暴走を、観客を戸惑わせる前提で笑い飛ばしているのである。
ローレンスのコメディーに対するリミットなしの覚悟は、一種の主張の域にすら達している。どんなシチュエーションかの詳細は伏せるが、ハリウッドではもはや超大物であるローレンスが全裸で取っ組み合いをするバカげたシーンがあって、ローレンスは「隠す必要なんてある?」とばかりにフルスイングで暴れまわるのだ。
本作をセックスコメディーと紹介したが、セクシーでもなんでもない全裸コントをプロデューサーでもあるオスカー俳優が喜々として演じている姿には、タブーをぶち壊す決意とすごみがみなぎっている。
それでいて、映画の核には温かいハートが宿っている。一見悪ふざけに思えても、作品の印象は冷笑的でも扇情的でもない。ちなみに監督のスタプニツキーが不謹慎コメディーの女王キャメロン・ディアスの「バッド・ティーチャー」の脚本家であり、ローレンスがディアスの「クリスティーナの好きなコト」の大ファンだと聞けば、ローレンスがどんな路線の笑いを狙っているのか想像がつく映画ファンもいるに違いない。
そして先に「賞狙いなんてもってのほか」と書いたが、なんと第81回のゴールデングローブ賞で本作のローレンスが主演女優賞(コメディー/ミュージカル部門)にノミネートされていた。さすがに受賞はないだろうと思うが、候補作リストに「マディのおしごと」が載っているだけで「アッパレ!」と拍手したくなるような風通しのよさを感じている。
「マディのおしごと 恋の手ほどき始めます」は各種プラットフォームで配信中。