毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.1.05
チャートの裏側:若者に届いた「生きた歴史」
今年の正月興行には、ちょっと興味深い現象があった。特攻隊を描いた実写作品の「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」がヒットしたのである。正確には、出撃間近の特攻隊員と1945年の日本にタイムスリップした女子高生の恋物語だ。すでに興行収入20億円を突破した。予想をはるかに超える。
客層がユニークだと言える。当初は、題材にふさわしい年配者が目立っていた。ところが、次第に10代の中高生から20代の若い女性が増えてきた。この客層のバランスが全く珍しい。原作と主演俳優の人気もあるが、どうやら映画で描かれた戦争時の悲痛な恋物語が若い層に届いたらしい。泣き崩れる女性たちが多いと聞いた。
恋模様は、その描かれ方によっては時代を超えるということか。加えて一つ思ったこともある。現代の女子高生を、戦中のただ中に立たせたことだ。これが若い層の気持ちをつかんだ気がした。当時の悪化する食料事情の描写が多いのが目につく。若い人たちにとっては、一種のカルチャーショックではなかったか。これは学校では教えない生きた歴史教科書である。
振り返れば、昨年の日本映画界には意外なヒット作がほとんどなかった。作品別の興行収入では、邦画、洋画合わせて上位4本がアニメだ。実写ヒットも、シリーズものやテレビ局主導による作品が大勢を占めている。先に挙げた作品は、その定番的な興行の構図を若干揺るがしたと言えよう。今回のヒットは、単純な製作上のマーケティング戦略からは生まれてこない。だから興味深く、意外なのだ。
映画興行が一つの方向性に固着すると、映画の多様な芽が奪われていく。新たな芽は、どこにあるのか。今年の期待の一つがそこにあると言えよう。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)