「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 © 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

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2023.3.03

この1本:「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 世界救う熱いごった煮

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

映画はまだまだ、いろんなことができるんだとつくづく思わされる。米国のダニエルズ監督による、セカイ系SFでアクションで家族物語でコメディー。ギッシリ詰まったあんこが色変、味変を繰り返してシッポまで。すごいものを見た気になる怪作。

コインランドリー店を営む中国移民エヴリン(ミシェル・ヨー)は、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)が突然、「自分は並行宇宙から来たアルファ・ウェイモンド」と言い出して、世界を破滅から救えるのは君だけと告げられた。別宇宙の自分の能力を使える技術「バース・ジャンプ」を駆使し、エヴリンは強大な力を持つジョブ・トゥパキと対決する。あらすじはライトノベルのようだし、バース・ジャンプとそっくりのアイデアは日本アニメにもあったが、こちらはスケールも密度も桁が違う。

エヴリンは迫り来るジョブ・トゥパキと戦うために、カンフーを究めたアクション俳優になったり鉄板焼きの料理人になったり盲目の歌手になったり指先がソーセージになったりする。目まぐるしく場面が変わり、しかもその映像がいちいちクール。

元々アクション俳優だったヨー、還暦ながらキレが良く、カメラの技巧とCGの力を借りてかっこよさ倍増。一方、バース・ジャンプのためには思い切りバカげた行動が必要で、絶体絶命の状況で踊り出したりハエを鼻に吸い込んだりして笑わせる。そして物語は、エヴリンがアイデンティティーを問い直す内省へと向かってまたびっくり。

支離滅裂なのに空中分解することなく、しっかりエヴリンに感情移入させてくれる。痛快でおかしくて、しんみりさせて、予想もつかない地点に着地する離れ業。いやはや大忙しで、まさにタイトル通り、すべてのことがあらゆる場所で同時に起きるのである。2時間20分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

異論あり

製作と全米配給を手がけたA24は、フィルムメーカーの個性を尊重する映画会社。同社だから実現した企画と言えるが、本作の荒唐無稽(むけい)なアクション、ギャグは過剰に詰め込みすぎ。正直長すぎてダレを感じたし、脚本と編集でそぎ落とすべきだった。とはいえSF、冒険、カンフー、家族劇などの具材をごった煮にして、人生の数奇なめぐり合わせや親子関係などの普遍的なテーマを描いた試みは斬新。世知辛い現実から出発する多元的な世界観、魅力的なキャストなど見どころは尽きず、型破りな映画体験に浸れることは間違いない。(諭)

技あり

ラーキン・サイプル撮影監督の特撮物。といって安くなったCGばかりではない。税務署やエヴリンの家などセットを組み、高速撮影、フィルター効果なども本班で撮る。発端、鏡に映った家族3人にカメラが寄る途中で一瞬揺れ、鏡の角度が変わって机で書類と格闘するエヴリンを映し出す。書類の整理中なのに、父の誕生会用の麺のゆで具合が気になりウロウロする夫も邪魔で、階下を映すモニターには娘が恋人と来たのが見えてイライラしている。多事多端の展開を「仲のいい家族」で終わらせるルック(映像の外形)にまとめ上げた。(渡)