「ナポレオン」

「ナポレオン」

2023.12.01

この1本:「ナポレオン」 圧巻の戦闘シーン

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

不世出の天才戦術家にして冷酷な独裁者。あのナポレオン皇帝の生涯を描く超大作となると、メガホンを託すのはこの人しかいないだろう。「グラディエーター」「キングダム・オブ・ヘブン」や近作「最後の決闘裁判」など、幾多の歴史巨編で名高いリドリー・スコットの新作だ。

本人にとっても念願の企画だけに、マリー・アントワネットがギロチン刑に処せられ、若きナポレオン(ホアキン・フェニックス)が1793年のトゥーロンの戦いで名を上げる序盤からして迫力十分。1804年に皇帝に即位したナポレオンが、ワーテルローの戦いに敗れ、21年に没するまでの栄枯盛衰を映し出す。

その28年間の軌跡を語るうえでスコット監督が重点を置いたのは、ナポレオンと最初の妻ジョゼフィーヌ(バネッサ・カービー)の愛憎関係だ。六つ年上の未亡人で、2人の連れ子がいるジョゼフィーヌは恋多き女。彼女の浮気を心配し、戦場から熱烈な恋文を送るナポレオンは、演じるフェニックスの個性と相まって、どこかうつろで神経症的な人物として描かれる。ナポレオンはヨーロッパの列強のみならず、妻とも戦争を繰り広げていた。そんな二面性をあぶり出す視点は面白いが、ドラマのパートはいささかツギハギ的で、散漫な印象は否めない。

その半面、視覚効果に依存せず、圧倒的な物量を投入した戦闘シーンの数々は圧巻のひと言。とりわけすごいのは、ロシア・オーストリア連合軍を破ったアウステルリッツの戦いだ。敵を湖の氷上におびき寄せ、無数の人馬を水中に沈めるスペクタクルの何たるダイナミックさ。そのほかにも夜のトゥーロン港で英国軍に砲撃を浴びせる奇襲戦、ロシア遠征でモスクワが炎上する黙示録的な光景など、それぞれの戦いの性質や状況設定を際立たせた演出の多彩なバリエーションに驚かされる。

ナポレオンは生涯において61の戦いを指揮し、その間の戦死者は300万人以上を数えるという。現在の不穏な国際情勢を思えば、もっと皇帝の狂気じみた悪魔性に焦点を絞ってもよかったのではないか。そこも評価が分かれるポイントだろう。2時間38分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)

ここに注目

戦場から愛するジョゼフィーヌへとラブレターを送り、ジェラシーを隠さず、甘えたかと思えばビンタをする場面も。気性の荒さからぶつかり合っては仲直りすることを繰り返す、夫婦のケンカを見せられているかのようだ。勝ち気でありながら、運命にあらがえない妻を演じたカービーの存在感も光る。監督はナポレオンを英雄でも怪物でもなく、弱さと情けなさを持つ人間として描き出す。そんな男が大軍を率いて、結局はおびただしい数の戦死者を出したという事実。そのことが最後に示され、時を超えても変わらぬ戦争の愚かさが強調される。(細)

ここに注目

スタンリー・キューブリック監督「バリー・リンドン」の隊列シーンが頭に浮かんだ。完璧主義者とされるキューブリックの絵画のような映像美とは違うが、スコット監督の映像へのこだわりは本作の醍醐味(だいごみ)の一つ。大砲の爆発、倒れる馬、いてつく湖の上で馬と人が氷を突き破る戦闘シーン、飛び散る血や泥までも鮮烈に描く迫力にくぎ付け。背景の丘や大地、土ぼこりのリアリティーも含め、残虐な戦いにとりつかれ、変貌する軍人の姿を克明に活写した。壮大なスケールのアクションが、狂気へと突き進むナポレオンの実相に迫る。(鈴)

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