「人間の境界」 ©2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Culture

「人間の境界」 ©2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Culture

2024.5.10

この1本:「人間の境界」 怒りと重層的視線と

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

2021年、ポーランドとベラルーシの国境で難民に起きた悲劇を、ポーランドのアグニエシュカ・ホランド監督が映画化した。妨害を避けるために極秘に短期間で撮影し、政府から非難されながら公開。ベネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞した。

内戦を逃れて欧州に向かったシリア人家族がベラルーシに到着、ポーランド国境を目指す。ベラルーシ経由なら安全に国境を越えられるという情報を信じたのだ。ところがポーランドに入ると、国境警備員が待ち構えていて送り返され、ベラルーシ側では兵士が彼らをポーランド側へと追い立てる。難民たちは何度も国境を行き来し、劣悪な環境で暴力的、差別的扱いを受けるうち疲弊し、衰弱して精神的にも追い詰められていく。

実際の出来事を取材したホランド監督は、相手国を混乱させるための「銃弾」として難民を送り込む非人道性を明るみに出す。映画の底にはふつふつと憤りが沸き立っている。しかし一方で、単純な善悪に色分けすることもしない。映画は難民、国境警備員、難民を支援する活動家と三つの視点から語られる。国境警備員の一人は上司の命令に従いながらも、良心の呵責(かしゃく)を感じている。活動家たちも穏健派と過激派で方針が対立する。重層的、多角的に複雑な全体像を描出しようとする。

白黒の映像、揺れるカメラとドキュメンタリー風の演出で臨場感をあおる一方で、記録映像では捉えきれない人間の心理のヒダに、ドラマとして入り込む。過酷な状況を示しつつ、その中で苦悩する人間への感情移入も促すのだ。

事件の背景にあるのは、ロシアを後ろ盾にしたベラルーシとポーランドが対立する国際情勢であり、さらには難民・移民への蔑視感情だ。ホランド監督は「ヨーロッパ ヨーロッパ 僕を愛したふたつの国」「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」など、歴史の闇を題材とした骨太の作品を撮り続ける。この映画の出来事も、条件次第でいつでもどこでも起こりうる、人ごとではないと訴えている。今、心して見るべき一作。2時間32分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほかで公開中。(勝)

ここに注目

国の謀略によって作られた難民危機の映画である。立ち位置による視点を変えたことで問題の異様さを克明にしただけでなく、それぞれの関係性の複雑さをも見せつけた。国家間の対立を和らげるはずのノーマンズランド(緩衝地帯)が、悲惨極まりない現実を生み出している場所となっていることも、圧倒的なリアリズムで表現する。ホランド監督は、森の中で起きていることを白日の下にさらし「今の世界を見よ」と声を上げているのだ。その緊迫感は、ラストの字幕説明まで持続する。(鈴)

技あり

トマシュ・ナウミュク撮影監督の仕事。やっとベラルーシに着いた難民一家が追い立てられ、国境の金網を越えポーランドの「黒い森」に入っていく場面が秀逸。揺れの少ない移動撮影に手持ちカットを組み込み、草原を走り抜けて森に入り込む家族を斜め後ろ、横、正面のバストと重ね、森の中で暗くそびえる巨木の間をちょろちょろ行くのを見せる。難民や警備隊、活動家らの道行きの現場は撮影向きではなく、光源を作るのが大変だ。いくつかの撮影賞にノミネートされるが、本賞まで届かなかったのは残念だ。(渡)

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