毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.3.22
この1本:「オッペンハイマー」 天才の苦悩、映像に迫力
米アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など7部門を制覇。日本での公開までにも曲折を経て、話題性も十分だ。3時間の長尺を一気に見せる大迫力。世界を変えた天才の伝記映画であると同時に、世界がいかに変わったかまで、スペクタクルとともに描き出す。クリストファー・ノーラン監督の野望が結実した大作だ。
舞台は1920年代から50年代。オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は原爆を開発するマンハッタン計画の責任者に抜てきされ、トリニティ実験を成功に導き、広島・長崎への原爆投下が終戦をもたらしたと一時は米国の英雄となる。しかし戦後は核開発に反対して共産主義者と決めつけられ失脚。議会で追及される現在をモノクロで、学生時代から終戦までの過去をカラーで描き分けた。
モノクロ部分は、オッペンハイマーと彼を非難する議員たちとの会話劇が中心だ。その中で時制を行き来しながら、オッペンハイマーと、妻キティ(エミリー・ブラント)、元恋人ジーン(フローレンス・ピュー)とのもつれた関係を解き明かし、彼を取り巻く政治的陰謀も浮き彫りにする。カラーの部分ではオッペンハイマーが共産主義に傾倒した教職時代から、軍に請われて原爆開発に乗り出し、ロスアラモス研究所でくせ者ぞろいの天才たちをまとめ、核爆弾の破壊力におののきながら計画を進める姿をテンポよく描く。
天才の苦悩と葛藤、人間的弱さと未熟さに迫る一方、ノーラン監督ならではの映像スペクタクルも創出。最大の見せ場はトリニティ実験の核爆発だ。コンピューターグラフィックスを使わずにIMAX用の65㍉フィルムで撮影したという映像で、その破壊力のすさまじさを伝える。しかしその結果を端的に示すはずの広島・長崎の惨状は映さない。
ノーラン監督が核とともにある世界の危うさを描こうとしたのは明らかだ。同時にそこに、米国世論の現実や米国映画の限界を読み取ることも可能かもしれない。その是非を含めて、戦争被爆国として見逃すべからざる一本だろう。29日公開、東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
ここに注目
広島と長崎への原爆投下が描かれなかった半面、ノーラン監督はトリニティ実験、すなわち史上初の核実験の映像化に力を注いだ。カウントダウンのサスペンスの果てに訪れるその場面は、途方もなく巨大な核爆発の衝撃性を疑似体験させる。スクリーンがすさまじい光と炎、完全な静寂に包まれるその描写は、まさに人類の歴史が変わった瞬間だ。デジタル効果を好まないノーランは、見る者に畏怖(いふ)の念さえ抱かせるスペクタクルを、いかなる特殊技術で実現したのか。並々ならぬ探求心と執念を感じた。(諭)
ここに注目
オッペンハイマーはアインシュタインと何を話したのか。その謎が最後に解き明かされる構成や時制が交錯する脚本、没入感を追求した映像と大胆なサウンドデザイン。オッペンハイマーの視点であるカラーとモノクロ映像の切り替え。全てにノーランらしさが宿り、集大成的な作品だ。主役級の名優が演じる脇の人物が次々現れ、ものすごい情報量を必死に処理しながら鑑賞したのも正直なところ。科学者の葛藤は頭では理解できるが、原爆を落とす場所を会議する場面など日本人として複雑な思いも残った。(細)