ひとしねま

2023.5.26

私と映画館:時代の息吹漂う個性派

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

アンダーグラウンド蠍(さそり)座は東京・新宿伊勢丹向かい、現在のシネマート新宿が入るビルの場所にあった。ATG映画を上映していたアートシアター新宿文化の地下。階段を下りると左に窓口がありカサッカサッと映写機の回る音がして、重い扉を開ける。最初に足を踏み入れたのは高校生の時。限られた人しか受け入れないようなアバンギャルド感。おっかなびっくりで中に入った。

日比谷や有楽町のロードショー館、銀座や渋谷などの名画座に足しげく通っていたが、蠍座の前を歩くたびに気になっていた特集上映。若松孝二、寺山修司、大島渚、吉田喜重……。配信やレンタルビデオなどない時代。学生運動の名残がまだ少し残る新宿の街への憧憬(しょうけい)と、政治や社会にモノ申す映画への傾倒が重なった。何かにつけてとがっていた頃だった。

コンクリート打ちっぱなしの壁、簡易な椅子が並びトイレはスクリーンの後ろの階段上。メッセージ性とアート色の強い作品群とともに独特の緊張感が癖になった。増村保造の「音楽」や足立正生のアングラ映画を見ては、ちんぷんかんぷんの面白さを楽しんだ。蠍座があったアートシアター新宿文化総支配人の葛井欣士郎さんの著書「遺言」で後から盛衰と意義を知った。時代の息吹が漂う個性派映画館。今では貴重だが、作品とともに脳裏に焼き付いている。(映画ライター・鈴木隆)