シネマの週末

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2023.9.29

私と映画館:まるでタイムマシン

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

東京・銀座四丁目交差点から歌舞伎座へ向かう晴海通りはかつて、道路が途中でこんもりと隆起していた。その下に映画館「銀座シネパトス」があった。1952(昭和27)年に完成した三原橋地下街に三つのホールがあり、その向かいには年季の入った飲食店などがあって、時代の息吹を感じさせた。

海外の掘り出しものや、日本の古典など、さまざまな映画を上映していたが、エッジの利いた作品が多く、経営者の映画に対する愛と造詣の深さを感じさせた。仕事をサボってきたスーツ姿のサラリーマンも多く、すぐ横には地下鉄が走っていて、電車の駆け抜ける音が響いた。

あるとき、同館で「にごりえ」を鑑賞した。樋口一葉の短編小説をオムニバス形式にした今井正監督作品。その一つ「十三夜」の舞台は明治時代の東京。丹阿弥谷津子演じる主人公が人力車に引かれていく。月夜に照らされた車夫は主人公の幼なじみ。スクリーンに映し出される情緒あふれる映像と、古びた映画館の雰囲気に心はすっかり1世紀前の東京へとタイムスリップした。終映し、地上に出た私の目前には都心のビル群が広がり、タイムマシンで過去から現在に戻ってきたような錯覚を覚えた。

その銀座シネパトスも老朽化で2013年に閉館した。時代の蓄積を感じさせる映画館は次々と消えていき、無機質で均一な造りのシネコンだけが残っていく。【木村光則】

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