「ビニールハウス」©2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED.jpg

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2024.3.15

この1本:「ビニールハウス」 社会の矛盾が生む悲劇

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

空き地に建っている大きな黒いビニールハウス。そんな所に住む人がいるなんてあり得ないだろう。と思ったが、韓国では家賃を払えなくなった貧困層が実際にこうした生活を強いられ、社会問題になっているという。過酷な現実を巧みに物語に取り込んだ社会派サスペンスだ。低予算ながら韓国の映画賞を席巻した。

ビニールハウスに1人で住むムンジョン(キム・ソヒョン)は、介護と家政婦の仕事をしながら少年院にいる息子ジョンウ(キム・ゴン)の帰りを待っている。仕事先は元大学教授で盲目のテガン(ヤン・ジェソン)と認知症のファオク(シン・ヨンスク)の、裕福な夫妻の家だ。ある時、入浴中にファオクが転倒して死んでしまう。ジョンウとの生活を心待ちにするムンジョンは遺体を隠し、入院させていた自分の認知症の母親を身代わりにして、テガンの家に住まわせた。

少々無理筋の展開も、盲目で、認知症の兆候があると自覚するテガンの設定を利用して緊迫感を持続する。ムンジョンに付きまとうスンナム(アン・ソヨ)を配し、予測不能の言動でムンジョンをヒヤヒヤさせる。イ・ソルヒ監督はこれが長編デビュー作というが、新人とは思えぬ緻密な演出で引き込んでいく。

ムンジョンの秘密が露見するかもしれないというサスペンスも上々だが、社会の矛盾や不条理が悲劇を後押しする構成が秀逸だ。ムンジョンが望むのは、息子と暮らすというささやかな幸せだ。2人で住む家を手に入れようと、懸命に働く。攻撃的なファオクにも献身的に尽くし、身寄りがなく知的障害を持つスンナムを親身に心配する。

それなのに、全てが悪い方へと転がっていく。テガンは妻との将来を悲観し、スンナムは自分を虐待する男への殺意を募らせる。行き場を求める人たちの絶望的な選択が、不幸の連鎖となる。核家族化と福祉が及ばない老老介護、経済格差による貧困の固定化、家族の機能不全による少年非行と精神的虐待。ムンジョンの悲劇に、困難な時代が浮かび上がる。1時間40分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

高齢化社会、介護、少年犯罪、貧富の格差、心に問題を抱えた人たちの生きづらさ。現代社会のあらゆる問題が取り上げられるが、イ・ソルヒ監督はそれらの事実をただ知ってほしいと言うかのように、ありのまま差し出す。望まない方向に物語は転がり、ラストにはただ言葉を失うしかない。主人公を演じたのは、ドラマ「SKYキャッスル 上流階級の妻たち」の冷酷な入試コーディネーターの印象が強かったキム・ソヒョン。彼女が見せる、まったく新しい一面にも驚かされた。(細)

技あり

まだ30代、1985年生まれと若いヒョン・バウ撮影監督が撮った。夜空がきれいだ。ファオクの遺体を車に乗せてビニールハウスに帰ってくるムンジョン。車の尾灯の赤さだけが色合いで、下手に真っ黒なビニールハウス、暗い空に山の稜線(りょうせん)がクッキリ浮かぶ。ムンジョンは車を降りて様子をうかがう。全体で1分弱、ロングではもたないと思ったか、遺体の足を別撮りするが、なくもがな。何を運んでいるかぐらいは分かる。翌朝、車で出かける時は、色のない荒れた風景の中を行く車をカメラが追う。背景が前夜の山の形でないのは残念。(渡)

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