毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.12.08
「VORTEX ヴォルテックス」 幻想を徹底的に排除したリアルに恐ろしさ
心臓病を抱えた映画評論家の夫(ダリオ・アルジェント)と、元精神科医で認知症を患う妻(フランソワーズ・ルブラン)。離れて暮らす息子は時折、両親の元を訪ねてくるが、住み慣れた家での老夫婦の暮らしは、妻の病状が進むにつれて少しずつ壊れていく。
ギャスパー・ノエ監督がホラー映画の帝王、アルジェントを主演に迎えて完成させた人間ドラマ。ノエと言えば、観客を挑発するかのように性や暴力を描き出してきた映画作家だ。愛と憎しみを浮かび上がらせる容赦のない視線は健在だが、「カノン」や「アレックス」を同時代で受け取ってきた観客ほど、老いに目を向けた本作を見たときの衝撃は大きいかもしれない。
ノエは老夫婦の日常を描き出すうえで、画面を二つに分割する技法を取り入れた。このスタイルは場面ごとの意味を際立たせるためではなく、映画そのもののテーマを伝えるために採用されている。生と死、体と魂の分断、何よりも人間は一人一人なのだという真実が圧倒的な説得力で迫ってくる。2時間28分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(細)
ここに注目
人は老いや病を経て死んでいく。当たり前のことを淡々と描いているだけなのに、老夫婦役の2人の演技があまりにリアルで恐ろしさを感じた。分割したスクリーンに夫婦の姿を映し出すことで彼らの心の分断が強調され、「家族なら分かり合えるはず」といった甘ったるい幻想を徹底的に排除していた。(倉)