ひとしねま

2022.1.07

チャートの裏側:もっと創作的な冒険を

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「劇場版 呪術廻戦0」は、呪霊にとりつかれた少年を中心に、呪術を身につけた者たちが二手に分かれて戦う。呪術のぶつかり合い。独特の個性をもつ多彩な登場人物たち。話は強者と弱者をめぐる思考、行動規範の対立を軸に進む。ほとばしる愛、強い仲間意識も全開だ。

人気のコミック、アニメに特徴的な要素が、ふんだんに取り入れられている。本作の強みだろう。ただ私は、「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」などにも通じる既視感を抱いた。既視感とは安定感や満足感はあるが、作品の飛躍度や興奮度からは少し遠のく意味合いもある。

現時点では最終の興行収入は100億円超えが視野に入り、大成功だ。数字だけを見れば、何の問題もない。ファンの広がり方も、限定的でないことがわかる。それでも一点、さきの既視感からうかがえた作品のまとまり感のようなものが気になった。面白いが、何かが足りない。

大ヒットし、ファンが満足すれば、それでいいとは思わない。絶大な人気を背景にした劇場版アニメは、もっとさまざまな創作的な冒険ができるのではないか。一例を挙げれば、強者と弱者をめぐる対立軸など、今の社会情勢を踏まえて深掘りしていけば、興味深い表現領域の高みに行き着く。製作者たちには計り知れないチャンスがある。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)