「ニッケル・ボーイズ」より

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2025.2.22

2025年米アカデミー賞作品賞にノミネート! 1960年代アメリカ南部の人種差別を描いた衝撃のドラマ「ニッケル・ボーイズ」

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筆者:

ヨダセア

ヨダセア

2月27日(木)より、Prime Videoにて「ニッケル・ボーイズ」が独占配信開始となる。現地時間3月2日に授賞式を控える第97回米アカデミー賞で作品賞および脚色賞にノミネートされている今作は、1960年代初頭のアメリカ南部を舞台に、ジム・クロウ法(※)の下で続く人種差別の現実を描いた衝撃作だ。

※ジム・クロウ法:1876年から1964年まで、アメリカ南部で主に導入されていた法律。黒人と白人を分離させ、同じ権利を持たせなかった。「公民権法」の登場によってこの法律自体は廃止されたが、その影響は長く色濃く残った。


ピュリツァー賞に輝いた小説を映像化

公民権運動が高まりを見せ、やがてマーティン・ルーサー・キング・Jrの歴史的なスピーチが社会を動かしていく時代。しかし映画は、その変革の前夜にあたる62年に焦点を当て、若き黒人少年たちの運命を通して差別の残酷さを描き出す。ピュリツァー賞に輝いたコルソン・ホワイトヘッドの原作「The Nickel Boys」(2019年)を、作家としても知られるラメル・ロス監督が鮮烈な映像作品として結実させた。

本作で最も印象的な演出手法は、ほぼ徹底されることになる〝一人称視点〟による撮影だろう。この選択は単なる様式的な実験にとどまらず、人種差別の現実を観客に直接的に体験させる強力な表現となっている。カメラは、理不尽な暴力やプライベートゾーンへの侵害にさらされる不快な瞬間から、迫り来る脅威におびえて目を閉じ、自身の荒い息遣いだけが響く闇の中の恐怖まで、差別を受ける者の視点をありのままにとらえる。

しかし、この視点がとらえるのは暴力や恐怖だけではない。家族や同胞たちの慈しみに満ちた表情、痛みを分かち合い癒やしあう黒人コミュニティーの温かな絆もまた、同じ一人称の視線を通して深い共感とともに描かれる。このような撮影手法は、差別の現実を知らない観客に対して、やや強引とも言える直接的な追体験を迫るものかもしれない。だが、その〝力技〟とも言える演出は、まさにこの物語が伝えようとするメッセージの重さに見合った、避けて通れない選択だったのだろう。


「黒人である」、それだけで閉ざされていく可能性

物語の中心となるのは、公民権運動の理想に深く共鳴し大学進学を目指す優秀な少年エルウッドと、現実主義的な少年ターナーだ。特にエルウッドの人生は、単に「黒人であるという理由だけで」次々と可能性が閉ざされていく。何の落ち度もないのに盗難車への相乗りという偶然から共犯とされ、彼の人生は急転直下の暗転を迎える。

2人が送り込まれた矯正施設「ニッケル・アカデミー」は、外見こそ教育機関を装っているものの、その内実は人種隔離が徹底された暴力と抑圧の場だった。白人少年たちが相応の処遇を受ける一方で、黒人少年たちは日常的な迫害にさらされ続ける。

施設長夫人による本の寄贈や水泳プール使用許可といった表面的な〝善意〟の裏には、常に無償労働を強いる搾取が潜んでいた。白人教官が黒人少年たちを「うじ虫(grub)」と呼んではばからない授業、容赦ない暴力的制裁、絶え間なく警戒しなければならない差別と嫌がらせ――。そこに〝教育者〟の姿勢は見当たらない。


消えることない過去の記憶と未来への希望を絶妙に描き出した

この非人道的な環境下で、2人の対照的な生き方が浮き彫りになっていく。変革を信じ続けるエルウッドに対し、ターナーは現実を諦観的に受け入れ、余計な抵抗は無意味だと説く。しかし、この2人の精神的な距離が生み出す緊張関係こそが、物語終盤の劇的な展開への重要な伏線として機能している。また、冷蔵庫のマグネットで留められた大学のパンフレットが徐々に滑り落ちていくようなさりげない象徴的演出からは、才能ある若者たちから容赦なく奪われていく未来への痛切な思いが伝わってくる。

25年の私たちの目から見れば、60年代のアメリカは確かに隔世の感がある。人種差別の問題は今なお社会に根深く残るとはいえ、本作が描く時代とは大きく様相を変えた。しかし本作の真価は、単に過去の差別を告発することにとどまらない。変革を求めて戦った人々の姿に現代への希望を見いだしている。だがそれ以上に印象的なのは、大人となったターナーの背中にも象徴的に浮かび上がる暗い悲しみだ。法や制度が変わっても、その時代を生きた人々の苦痛や、取り返しのつかない犠牲は決して消え去ることはない。

本作は、未来への希望と取り戻せない過去の記憶への思いという、相反する感情を絶妙なバランスで描ききっている。それは単なる歴史の一幕としてではなく、現代を生きる私たちへの深い問いかけとして響いてくる。変革の時代に立ち会えなかった者たちの物語を、私たちはいかに受け止め、何を学び取るべきなのか。その重い問いを、本作は見る者の心に確かに刻みつける。

「ニッケル・ボーイズ」はPrime Videoにて2月27日(木)より独占配信。

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