「彼女のいない部屋」 © 2021 - LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILMmain

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2022.8.26

この1本:「彼女のいない部屋」 語り得ぬ喪失の迷宮で

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

クラリス(ビッキー・クリープス)はある朝、2人の子供と夫マルクを置いて車で家を出る。クラリスは家族を思いながら別の町で生活し、残された夫と子どもたちも、時に喪失感にとらわれる。

おおむねこれぐらいの情報を持っていれば十分。後は映画に身を委ねるべし。監督のマチュー・アマルリックは、アルノー・デプレシャン監督の初期の作品で俳優として頭角を現した。「007 慰めの報酬」など娯楽大作でも存在感を発揮しながら、監督としてはアート色の強い作品を作る。「彼女のいない部屋」では、大胆で実験的な試みをしている。

クラリスはなぜ家族を置いて家を出たのか。どこで何をしているのか。説明なし。独りで働き、家族の愚痴を言うクラリスと、マルクと2人の子どもたちの生活が交互に示される一方、家族4人がそろった光景も挿入される。時系列はごちゃごちゃ、クラリスの現在か回想か、はたまた空想かも判然としない。やがて、どうやらどこかの時点で悲劇が起きたらしいことが、何となく分かる。しかしそれがいつ、何だったかもぼんやりと想像できるだけ。

カットのつながりを追っても、何が何だかさっぱり分からない。物語を整理しようとしても、巨大な「?」が残るだろう。編集段階で何かの間違いがあったのでは、と疑いたくなるくらい。

しかし、もちろんそんなことはない(と信じたい)。アマルリック監督は話を混線させて目くらましをしながら、カットに流れる情感だけを抽出する。愛する人に取り残された衝撃、怒り、いら立ち、そして悲しみ。それぞれの登場人物、終盤はクラリスに焦点を合わせ、交錯する感情を積み重ねてゆく。物語は分からなくても感情だけが残る、不思議な映画体験である。1時間37分。東京・Bunkamuraル・シネマ。大阪・シネ・リーブル梅田(9月2日から)など順次全国で。(勝)

ここに注目

冒頭、クラリスが何枚もの写真で神経衰弱をする場面が、本作のテーマや複雑な構造を暗示する。アマルリック監督はいくつもの時制、空間を行き来させながら、見る者を主人公の内なる迷宮へ誘う。回想と空想めいたフラッシュフォワード(未来の挿入)が混じり合う映像世界は、どれが〝現在〟なのかさえ判然としなくなる。さらに時空を超えてささやかれるモノローグが、超自然的なニュアンスを映画にもたらし、撮影、編集、音響などの技術的レベルも極めて高い。いわば、実験的な冒険心あふれる〝心のタイムトラベル〟映画である。(諭)

技あり

クリストフ・ボーカルヌ撮影監督はアマルリック監督と5本目の仕事。大変だったのは、雪の残る山から、捜索隊が担架の遺体と下ってきた場面。手前から走り込んだクラリスが遺体にすがって号泣するのを、50㍍の移動撮影用レールを敷き、ぶっつけ本番で撮ったという。タイミングを合わせる苦労がしのばれる。秀抜なのは、ピントが良すぎるツァイス社製のレンズで、工夫して撮ったクラリスの寄り芝居。柔らかくしたり青白くしたり、皮膚感は残し、微細な表情も逃がさない。クラリスの「頭の中で起こっていることを表現」した。(渡)

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