「23年の沈黙」©luethje & Schneider filmproduktion, cine plus Filmproduktion GmbH

「23年の沈黙」©luethje & Schneider filmproduktion, cine plus Filmproduktion GmbH

2022.9.27

法の裁きが下されない殺人事件、その暗黒の真実とは? 「23年の沈黙」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

〝未解決事件〟はあらゆるミステリー好きの好奇心をかき立てる魅惑的なワードだが、事件の関係者にとってはたまったものではない。卑劣な罪をしでかした犯人が法の裁きを免れてのうのうと生きている現実に、被害者やその遺族は苦しみ続け、事件を担当した捜査陣は無力感に打ちのめされる。いったい犯人はどこにいるのか。その心の叫びがかなわぬもどかしさたるや、察するに余りある。


 

キーワード「未解決事件」

そんな未解決事件をテーマにした映画、テレビドラマは枚挙にいとまがない。その多くは、吉田羊主演で日本でもリメークされたアメリカの長寿シリーズ「コールドケース」(2003~10年)がそうであるように、〝凍りついた事件の真実が再捜査によって解き明かされ〟というのが通常のパターンだが、なかには解決のカタルシスに背を向けた異色の作品もある。
ポン・ジュノ監督の傑作「殺人の追憶」(03年)が、まさにそうだった。そもそも未解決事件というのは、未解決だからこそ謎めき、えたいの知れない闇の深さを感じさせるものだ。連続殺人事件の有力容疑者を取り逃がしてしまう田舎刑事の主人公(ソン・ガンホ)の失意と悔恨を描いた「殺人の追憶」は、〝解決されない〟からこそ複雑な余韻を残す傑作となった。
 

23年前に少女が殺された場所で、再び発生した怪事件

「殺人の追憶」は1980年代の韓国で実際に起こった華城連続殺人事件を題材にしていたが、今回紹介する日本未公開のドイツ映画「23年の沈黙」(2010年)は、架空の未解決事件を描いたヤン・コスティン・バークナーの小説に基づくミステリー映画だ。09年7月8日、ドイツの田舎町でジニカという13歳の少女が行方不明になる。彼女の血痕と自転車が発見されたのは、23年前の同日、11歳の少女ピアが殺害された現場と同じ麦畑だった。ピアの事件を解決できずに引退した元刑事クリシャン(ブルクハルト・クラウスナー)は、同一人物による犯行とにらんで独自の調査を開始するのだが……。
 
ジニカの失踪事件は彼女の身を案じる両親のみならず、ふたつの事件それぞれに関わる登場人物たちの胸をざわめかせる。愛娘のピアを亡くして以来、時が止まったような人生を送ってきたエレナ(カトリーン・ザース)。警察を定年退職した後も犯人逮捕に執念を燃やすクリシャン。数カ月前に妻を病気で亡くした喪失感にあえぐ若い刑事ダービッド(ゼバスティアン・ブロムベルク)。23年間の沈黙を打ち破った新たな事件が、過去の事件の古傷を広げ、悲しみと戦慄(せんりつ)が伝播(でんぱ)していく序盤のシークエンスに引き込まれる。
 

「ピエロがお前を嘲笑う」の監督が放った人間ミステリー

そして特筆すべきは、これがフーダニット(誰がやったのか?)をめぐるミステリー劇ではないことだ。実は23年前の殺人事件は冒頭シーンで映像化されており、犯人(ウルリク・トムセン)と現場に居合わせていた傍観者の若者(ボータン・ビルケ・メーリング)が画面に映し出される。本作が興味深いのは、この一見平凡な2人の男の過去と現在を描き、その特異な関係性を掘り下げていることだ。そこにホワイダニット(なぜ、やったのか)の驚くべきミステリーが潜んでいる。
 
被害者遺族、警察、犯人の誰もが癒やしようのないトラウマを抱え、精神的な混乱をきたしている。この群像劇はエモーショナルな心理ドラマでもあるわけだが、バラン・ボー・オダー監督は殺人現場となる田園地帯や犯行に使われた赤い車を俯瞰(ふかん)ショットで捉えるなど、スタイリッシュな構図、冷徹なまでに抑制した語り口を貫き、じわじわと心のひだにまとわりつくような暗いサスペンスを創出する。ちなみにオダー監督は、本作を手がけたのちに日本でもヒットしたクライム・スリラー「ピエロがお前を嘲笑(あざわら)う」(14年)を放ち、Netflixで3シーズンを重ねたSFミステリーの人気シリーズ「DARK ダーク」(17~20年)のクリエーターを務めている要注目人物である。
 

〝解決されない〟ゆえに残される深遠な余韻

本作で描かれる殺人は陰惨で罪深く、あらゆる観客が正義の裁きを望むだろう。しかし本作の主眼はそこにはなく、ミステリーが鮮やかに解き明かされ、犯人を罰するカタルシスを求める人には勧められない。その半面、この映画は刑事がたどり着けないすべての真実を見る者に提示する。23年の時を隔てたふたつの事件の奥底に渦巻くおどろおどろしい闇をのぞかせ、人間という生き物の痛ましさ、邪悪さ、もろさを突きつけてくる。
 
やはり未解決事件は〝解決されない〟からこそ味わいが深まる。尋常ならざる結末の果てにもたらされる余韻の深遠さは、ただごとではない。
 

「23年の沈黙」はオンリー・ハーツからDVD発売中。4180円。 

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。