「リバー・オブ・グラス」 ©1995 COZY PRODUCTIONS =U-NEXTで独占配信中

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2022.2.27

オンラインの森 ケリー・ライカートを発見せよ

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

妥協なく表現追求 見知らぬ人生の手触り


「ガラスの天井」感じデビュー後沈黙20年

日本の映画業界には、外国の映画人の名前は最初に紹介された時の表記に倣う慣習がある。たとえばマシュー・マコノヒーの発音はマコナヘイに近いが、日本ではすっかりマコノヒーで定着している。ユマ・サーマンは英語圏の発音ではウマだが、それでは「馬」みたいだからと映画宣伝の裁量でユマに変えられたという逸話がある。真偽はともかくいかにもありそうな話だ。
 
一度定着してしまうと覆ることはめったにないが、珍しい一例になったのが映画監督のケリー・ライカート。長らく日本ではケリー・ライヒャルトと表記されていたのだが、2020年のイメージフォーラム・フェスティバルで監督作が上映された際にライカートに改められた。十分にキャリアを積み重ねた監督の呼び方を修正できたのは、日本ではほとんど無名に近い存在だったというのもあっただろう。

 
「ミークス・カットオフ」© 2010 by Thunderegg,LLC. =U-NEXTで独占配信中

ご都合主義排したストイックでぜいたくな時間

ケリー・ライカートは1964年に米マイアミで生まれ、ボストンで映画を学び、ニューヨークのインディペンデントシーンと関わった。ハル・ハートリー監督のデビュー作「アンビリーバブル・トゥルース」(89年)では衣装担当として参加し、チョイ役で出演もしている。94年には故郷マイアミ郊外の閉塞(へいそく)感を描いたブラックコメディー「リバー・オブ・グラス」で長編デビューを果たしたが、本格的に映画監督として再始動したのは2006年。長いブランクの理由は、女性監督として映画業界にガラスの天井を感じたことだったという。

ほとんどの映画作家は「自分が作りたいように映画を作りたい」と望んでいるのだろうが、ライカートほど妥協することなく、自分自身が望む表現を追求し、発展させた例も珍しい。その結果生まれたのが、ハリウッド的エンタメのご都合主義的展開を排し、市井の人々の人生の一コマをそのまま切り取ったような、ストイックだがぜいたくな時間の使い方である。


「ウェンディ&ルーシー」© 2008 Field Guide Films LLC =U-NEXTで独占配信中

「ウェンディ&ルーシー」移動しないロードムービー 

例えば名優ミシェル・ウィリアムズとの初コラボとなった「ウェンディ&ルーシー」(08年)は、愛犬とアラスカに向かう若い女性ウェンディを主人公にしたロードムービーなのに、驚くほど移動する場面がない。オレゴン州の田舎町でボロ車が故障して立ち往生する中で、行方不明になった犬のルーシーを探して回るおぼつかない不安な時間が淡々とつづられるのだ。
 
彼女の過去も、旅の行方も描かれることはない。しかし映画が映し出すわずかな瞬間を目にすることで、見知らぬ人の見知らぬ人生に触れたような感覚を味わうことができる。まるで短編小説のような手法、といえば伝わりやすいかもしれない。いずれの作品も高い評価を受けているにもかかわらず、日本ではCS放送された「ウェンディ&ルーシー」と、DVDリリースされた「ナイトスリーパーズ ダム爆破計画」(13年)と「ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択」(16年)を除いて、長らく見られる手立てがなかった。
 
しかし、〝映画ファンによる配給会社に頼らない自主配給〟という新たな道を切り開いたグッチーズ・フリースクールがライカート作品を買い付けたことで、前述のイメージフォーラム・フェスティバル2020を皮切りに「リバー・オブ・グラス」と男2人の小さなロードムービー「オールド・ジョイ」(06年)、荒野をさまよう移民団を描いた西部劇「ミークス・カットオフ」(10年)の3本が日本で一般公開される機会を得た。
 

「オールド・ジョイ」©2005,Lucy is My Darling,LLC =U-NEXTで独占配信中
 

未知の国の料理の味を学ぶように

筆者が劇場で面白く感じたのは、客席全体が、まるで未知の国の料理の味を学ぶようにライカートのストイックな作風を咀嚼(そしゃく)していったこと。派手なことは何も起きないが、ライカートは観客を、登場人物の息遣いと、彼らを取り巻く社会とが感じられる場所まで連れて行ってくれるのだ。一見地味なライカートの表現が実は刺激的であることは、この3作品の上映(後に「ウェンディ&ルーシー」も追加された)が若い客層を巻き込んで日本各地をめぐるロングランになったことからも確かだろう。
 
独自の世界観を持った映画作家が、日本で新たに発見されたことを喜びたいが、まだまだ多くの人に知られていないのも事実。現在、最新作「First Cow」(20年)以外のライカート作品がすべてU-NEXTで配信されているので、未知の才能を発見してみたい人は(すでに夢中になって反すうしたい人ももちろん)、自宅で自分だけの「ケリー・ライカート映画祭」を開催してみてはいかがだろうか。

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

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