走れロム (C)2019 HK FILM All Rights Reserved.

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2021.7.08

走れロム 

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

日本に滞在する外国人のうち、一番多いのは中国人。ではその次は? そう、急増するベトナム人である。しかしかの地の現実を知る人は、日本には多くないのではないか。久々に公開されるベトナム映画、これが実にイキがいい。見かけは軽快、しかし重い現実も沈んでいる。

ロム(チャン・アン・コア)はサイゴンの裏町にある古い集合住宅の屋根裏で暮らす。違法な闇クジ「デー」の当選番号を予想し、住民の賭け金を仲介屋に届けて日銭を稼ぎ、自分を置いて消えた両親との再会を夢みている。ライバルのフックと競い合い、ロムは路地を走り回る。

ロムとフックのアクションが浮力となって、画面は弾む。雑多な家々を集金に回りながら、公安の追跡をかわしながら、入り組んだ市場の細道を、集合住宅の雑踏を、水平方向に疾走するだけでなく、垂直方向にも飛び回る。斜めのカメラアングルで切り取られる曲芸のような2人の躍動が、路地の生命力を象徴する。

住民のデーへの入れ込みようは尋常ならず、家を担保にクジを買い、一獲千金以外に夢も希望も語らない。借金を抱えて自殺した住民の霊まで呼び出そうとする。ロムとフックも互いの顧客を狙い、小競り合いを繰り返す。金貸しは容赦なく賭け金を吸い上げ、再開発のため暴力で住民を追い出そうとする。路地の1日はデーで回り、飽食の繁華街とは別世界。テンポの良さとコミカルな演出で包みつつ、発展するベトナムの、弱い者がさらに弱い者から搾取する社会格差を浮き上がらせる。

 ロムも手段を選ばない。厳しい生存競争で、清くも正しくもなく必死にあがく。文字通り焼け跡から立ち上がってなお懲りないその姿は、いじましいより頼もしく、ベトナムの活力を感じさせるのである。チャン・タン・フイ監督。1時間19分。東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか。大阪・シネリーブル梅田(30日から)ほかでも。(勝)

異論あり

むせかえるようなバイタリティーとスピード感で、闇クジに翻弄(ほんろう)される少年やスラムで生きる人々の生態を描いているが、最初から最後まで同じトーンが繰り返される。ロムとフックが客の紙幣を奪い合う場面も再三出てくるが、肝心の闇クジの仕組みがぼんやりとしていて分かりづらい。物語を引っ張るのは疾走感と騒然さばかりだ。自殺や放火、狂乱する住民、地上げ屋や搾取する側も映し出すが、描き方が表層的で一度見ただけではベトナムのリアルな現実の一断面として理解するのは難しい。人間臭さがあふれる題材だけに残念。(鈴)

技あり

チャン・タン・フイ監督は、グエン・ヴィン・フック撮影監督と15歳の頃の子供向け映画ワークショップ以来の友達で、どういう画(え)を撮っているかモニターを見なくても分かると言う。路地を中心にロムがフックを追いかけもみ合うのを、広角寄りのレンズを付けた手持ちカメラで追う部分が大きく、信頼関係は必須だ。住人の描き分けも見どころ。棺おけを飾り立てるカック、タイプライターで賭け金の借用証を書くバー。ロムが住む屋根裏の天井板をはがすと、あかね雲が広がる。光源を無視し、表現として作りこんだ画に才能を見た。(渡)