プチョン国際ファンタスティック映画祭期間中のイベント「7月のハロウィーン」のパレード=映画祭提供

プチョン国際ファンタスティック映画祭期間中のイベント「7月のハロウィーン」のパレード=映画祭提供

2022.7.27

韓国映画の世界戦略が垣間見えた ニッチで熱いプチョン国際ファンタスティック映画祭取材記

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

韓国の「プチョン国際ファンタスティック映画祭(BIFAN)」は、ホラーやSF、スリラーなどのジャンル映画ファンにはつとに名高い。日本の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」をお手本に始まったが、今やこの分野ではアジア最大。7月7日の開幕から5日ほどの取材で、韓国映画の勢いを映すような熱気を感じたのだった。

 

「映画の定義をここから変える」心意気高く

7月7日、プチョン市役所前の広場で開かれた映画祭開会式。シン・チョル・BIFAN執行委員長は、今年から創設された「シリーズ映画賞」を動画配信サービス、ネットフリックスの「イカゲーム」に贈り、壇上でぶち上げた。
 
「『スター・ウォーズ』『ハリー・ポッター』のシリーズは映画と呼ばれるのに、『イカゲーム』は映画でないのか。プチョンから映画の定義を見直す」。デジタル化やプラットフォームの多様化で、伝統的な映画の枠組みは通用しなくなったと訴えたのだ。BIFANの進取の精神を象徴する一幕だった。
 
BIFANは今年で26回目。韓国では、最大のプサン、インディペンデント映画を集めたチョンジュと並ぶ3大国際映画祭の一つだ。作品選考の責任者、キム・ヨンドク・チーフプログラマーは「プサンがリュミエールなら、プチョンはメリエス」と例えた。


開会式に登壇したソル・ギョング(中央)と、司会のパク・ビョンウン(左)、ハン・ソンファ
 

プサンはリュミエール、プチョンはメリエス

プサンは幅広くアジアの秀作を集め、映画の発明者として名高いリュミエール兄弟のような〝正統派〟。対して刺激的、時に過激な映画を集めるBIFANは、トリック撮影や編集で映画に娯楽性をもたらした〝革命児〟メリエスというわけだ。うまいことを言う。
 
「ジャンル映画は芸術性と大衆性の間にある、マイナーでニッチな分野。しかしグレーゾーンだからこそ新しいものが生まれるし、他とも差別化できる」とシン委員長。今年のテーマは英訳では「STAY STRANGE」、日本語なら「ヘンでも大丈夫」といったところ。堂々と反主流を貫くのだ。
 
プチョン市は人口84万人、ソウルに隣接するベッドタウン。シン委員長によれば、桃の産地として知られ、「小さい頃は父親と桃を食べに来た」とか。首都に近い工場地帯として発展し労働運動も盛んで、地域のイメージはあまり良くなかったという。観光資源や目立った産業がなく、地域振興の目玉として据えたのがポップカルチャーだった。音楽や漫画、映画などの振興を図り、「文化特別市」を掲げている。
 

ソウルへの対抗心 ニッチでも熱く

BIFANは97年に創設された。お手本としたのは北海道夕張市の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」だった。プチョンは隣のソウルにはかなわないものの韓国有数の大都市で、対抗意識もある。前年にはプサン国際映画祭が始まって刺激となった。ゆうばりを視察しその熱気に魅了され、ニッチでマイナーでも特色ある映画祭を目指したのだ。ゆうばりはその後、市の財政破綻で頓挫し、規模を縮小して存続しているのに対し、BIFANは財政難や分裂の危機を乗り越えて成長した。
 
コロナ禍で過去2年は縮小開催だったが、今年から本格復活。市役所内にある二つのホールとシネコンなどを会場に、49カ国・地域から268本を上映した。映画祭の運営経費は約60億ウォン(約6億円)。このうち国と市からの助成が6割、残りをスポンサーとチケット収入でまかなっている。
 
それにしても、ジャンル映画、特にホラーやスリラーには熱心なファンがいる一方で、しばしば過激な表現にも向かい、万人受けするとは言いがたい。今回の映画祭の上映作の多くも、鑑賞年齢制限が付いていた。各会場には若い観客が大勢詰めかけて人気のほどを感じさせたものの、必ずしも行儀がいい作品ばかりではなく、議会や市民からの反発はないのだろうか。
 

シン・チョル執行委員長

過激な作品も表現の可能性問う

シン委員長は、「行政側は『金は出すが口は出さない』という姿勢だが、時には横やりも入る」と言う。しかし「それを食い止めるのが私の仕事。緊張感を持ちつつ、良好な関係です」。
 
キム・チーフプログラマーは「興味本位ではなく、表現の可能性を問いかけたい」と話す。過去には韓国のアングラポルノの特集も組み、表現規制についてのシンポジウムも開催したという。「ジャンル映画は映画の起源にさかのぼり、しかも常に変化している。創造的な力がある」と話す。
 
一方で「ファン目線も大切にしている」。今回の特集の一つは「BL(ボーイズラブ)」。韓国でも人気だそうで、日本の「彼女が好きなものは」など、日韓の6作を並べた。「チケットはあっという間に完売でした」
 

企画マーケットの打ち合わせ会場

企画マーケットに注力

取材して感心したのが、上映と並行して開催するジャンル映画マーケット「アジアファンタスティック映画ネットワーク(NAFF)」だ。多くの映画祭の見本市が作品を持ち寄った商談の場となるのに対し、NAFFは企画や未完成の作品に特化し、アジアを中心としたジャンル映画の作り手の人材発掘、育成に力を入れる。参加者の多くはインディペンデントの若手だ。BIFANの戦略的位置付けを示しているように感じた。
 
企画を公募して製作者や監督を招待し、国際合作の相談をする機会を提供。さらに、賞金やポストプロダクション支援など、副賞付きの賞も出す。今年は18カ国から32企画が選ばれ、映画祭期間中にオンラインと合わせ377回の商談が行われた。日本からも白石晃士監督の「OMIONNA」、亀山睦実監督の「LEFT HAND OF THE DEVIL」が参加。国際合作の可能性を探った。
 
ナム・ジョンソク・NAFF委員長は「完成した作品を売買するより、企画の開発支援が重要だ。新人を発掘して育成し、作品を持ってプチョンに帰ってくるという好循環を期待している」と意義を語る。太っ腹と感心したのが、作品の完成を賞金の条件にしないことだ。例えば2010年、日本の石川慶監督がポーランドと合作の長編映画の企画で賞を得たが、完成していない。石川監督はその後、17年に「愚行録」でデビュー、その後も活躍が続く。
 

「夜を越える旅」の舞台あいさつに望む萱野孝幸監督(中央)と相川満寿実プロデューサー

プチョンから世界へ 実績着々

「彼はプチョンでの経験が糧となったと認めている。そこが重要だ」とナム委員長。後押しした新人が活躍することで、「プチョンが発掘した」という評価につながる。萱野孝幸監督の「夜を越える旅」はNAFFに参加した後完成し、今回のプチョンで凱旋(がいせん)上映された。こうした好循環をいくつも重ねて実績としてきた。
 
そして「ジャンル映画育成の必要性は高まっている」と話す。「初期には過激なホラーが多かったが、近年は社会的テーマを織り込んだファンタジーや、芸術性の高いSFも目立つ。この分野にも女性の作り手が増えた」。タイ、ベトナム、インドネシアなどからも、才能や企画が現れているという。
 
映画祭の姿勢は、韓国映画界全体の動きと重なる。韓国の製作会社は東南アジア各国に進出、ポストプロダクション施設の建設や技術者育成に投資し、現地での合作などに力を入れ始めた。「プチョンから生まれた国際合作を世界に紹介したい。アジア全般の発展を視野に入れ、核となり、ハブとなっている」。大きなビジョンと広い視野。世界の関心を集めるのも当然だと痛感したのだった。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。