「アリスとテレスのまぼろし工場」©新見伏製鐵保存会

「アリスとテレスのまぼろし工場」©新見伏製鐵保存会

2023.9.22

「アリスとテレスのまぼろし工場」作画とキャストが圧巻 元アニメ制作会社員が忘れられなくなった名作

きどみ

きどみ

アニメーション制作スタジオ・MAPPA初のオリジナル劇場アニメーション作品「アリスとテレスのまぼろし工場」(毎日新聞社など製作委員会)が公開されている。


 
突然起きた製鉄所の爆発により外との接続が遮断され、時までもが止まってしまった町・見伏が舞台の本作。いつか元に戻ったときのために「変わらないこと」を強要される中で、退屈な毎日を過ごす14歳の菊入正宗と佐上睦実、そして野生の狼(おおかみ)のような謎の少女・五実が恋をして、未来へともがく姿を描いている。

映画を見る前に読んだ、脚本・監督を務めた岡田麿里氏が手掛けた原作小説は、少年少女たちの葛藤を通して「生きること」について改めて考えさせられ、読者を全く新しい場所へと連れていってくれる壮大なストーリーであった。文章だからこそ表現できたスケールの大きさに対して「本当にアニメ化できるのか?」と、ドキドキしていたが、実際にスクリーンで作品を見た時、そんな心配は杞憂(きゆう)だったと気づかされる。

文字だけだった岡田麿里氏の世界は、コロコロと表情が変わる愛らしいキャラクターたち、どこか懐かしさを感じる見伏の町、作品全体に奥行きを持たせていた音楽などさまざまな要素が調和し、見事に一つのアニメーションで表現されていた。岡田麿里氏とMAPPAのハマり具合に感銘を受け、鑑賞してから少し期間が空いた今でも余韻が抜けていない。

そんな中で今回は、本作を見て「アニメーションの中で印象に残る」と感じた場面を書き留めてみる。

※本記事では、作品のストーリーに触れています。

「日常」と「非日常」の描き方

まずは、「日常」と「非日常」の描き方が見事であった。正宗が笹倉ら友人たちと受験勉強をしているところから始まる冒頭は、彼らの運命を大きく変える製鉄所の爆発が起きるその瞬間まで、どこにでもいそうな受験生の一コマを描いていた。
 
秩父をはじめさまざまな土地の特徴を取り入れているという見伏の町や、正宗たちが通う中学校、そしてサビのつき方や看板のフォントなど細部まで丁寧に描かれていた第五高炉。画面に映し出される見伏はどこかに存在していそうで、人々がそこで生活をしているぬくもりが感じられたので、よりリアルに映る。


学校ではクラスメートとたわいもない話で盛り上がり、家では家族とご飯を食べたりテレビを見たり。そんな日常がしっかりと描かれていたからこそ、空に広がるひび割れや、製鉄所から現れる生き物のような煙「神機狼(しんきろう)」など、「非日常」な存在がより異質なものとして映っていた。中でも、「神機狼」は衝撃的であった。勢いよく突っ込むスピード感や狼のような見た目から、文字通り「神」のような神秘的な存在感を放っていたのに加え、容赦なく人を消し去る残酷さも持っていた。


これまでMAPPAが手掛けてきた他作品にも見られるが、日常の解像度が高く、丁寧に描かれているからこそ、非日常はより一層不気味に、恐ろしく映るのだと思う。このあんばいが見事で、作品に一気に引き込まれていった理由のひとつである。

生き生きとしたキャラクターたち

正宗役を榎木淳弥、睦実役を上田麗奈、五実役を久野美咲が務めた本作。このキャストたちの掛け合いも忘れられない。
 
「変わらないこと」を強制されていた中でつまらなそうに過ごしていた正宗は、五実と出会うことで徐々に感情が動かされていく。声からも気持ちが伝わるほど、榎木氏は巧みに正宗の心情の変化を演じ分けていた。

 
睦実は、いつも落ち着いていて冷めたような口調で話す。だが気持ちが高ぶると、静かな口調からは想像できないほどの激しい口調で相手を責めたり軽蔑したりする。上田氏の内に秘めた強さを感じた演技であった。

 
五実は、少しだけ言葉が話せる少女。正宗や睦実とは違い、笑ったり泣いたり怒ったり、100%感情で動く。嫌みがなく無垢(むく)な久野氏の声は、その場の空気を変えるような、不思議な力を持っていた。

 
今回、作品の中で重要なシーンをアフレコする際、通常はモニターを見ながらアフレコするのに対し、3人は「目を合わせて会話をしたい」とリクエストし、トライアングルの形で向かい合って録音したという。もちろん、アニメを見ただけではアフレコ時の状況まではわからない。だが、その掛け合いを聞いていて感じたのは、言葉を目の前にいる相手に届けようとする気迫だ。信頼関係のもと、感情をむき出しにし、遠慮なく相手にぶつけていく。ここでの言葉の掛け合いは、今でも耳に残り続けている。
 
また個人的に強烈に記憶に残っているのが、見伏神社の社家・佐上である。佐藤せつじが演じた佐上は、自らの思想を強く持ち、決して曲げようとしない。見伏の人を説得するための話し方がとにかくやかましく、聞いているとイライラするようなあおり方をしていた。佐藤氏の、正宗たちだけでなく、観客の「怒り」を引き出す演じ方は見事であった。自己中心的で自分の立場を守るためなら手段を選ばない佐上は明確な「ビラン」として作中で存在するが、実は彼自身も被害者の1人である。生きようと必死な姿はむしろ人間らしく、個人的に憎みきれないキャラクターなのだ。
 

とにかく見てほしい名作!

ここまで、「アニメーションの中で印象に残る」ポイントで作品の魅力を書きつづってきた。岡田麿里氏とMAPPAの化学反応はとんでもない作品を生み出してしまったと、改めて思う。他にも、ストーリーや音楽など書き出したらキリがない。個人的には、感じたこと全てを言葉で表現するのが難しい、自分の力量が追いついていけない思いが筆者としてホント悔やまれる、そんな作品であった。とにかく劇場の大きなスクリーンで見て、岡田麿里氏とMAPPAが描いた世界にどっぷりと没入してきてほしい。何気なく過ごす毎日が尊く、美しいものだと気づかされるはずだ。

ライター
きどみ

きどみ

きどみ 1998年、横浜生まれ。文学部英文学科を卒業後、アニメーション制作会社で制作進行職として働く。現在は女性向けのライフスタイル系Webメディアで編集者として働きつつ、個人でライターとしても活動。映画やアニメのコラムを中心に執筆している。「わくわくする」文章を目指し、日々奮闘中。好きな映画作品は「ニュー・シネマ・パラダイス」。
 

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