「ため息に乾杯」より © 2023 Netflix, Inc.

「ため息に乾杯」より © 2023 Netflix, Inc.

2024.2.05

問題を抱える人々にエールを送る、柔らかい光のようなヒューマンドラマ「ため息に乾杯」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

クリスマスのロンドン。盛り上がるホームパーティーを抜けて、仕事のためにパリへと向かったオリー(ルーク・エンス)が、交通事故で亡くなった。最愛の夫を亡くしたマーク(ダニエル・レビ)を、親友のソフィー(ルース・ネッガ)とトーマス(ヒメーシュ・パテル)が泊まり込みで支え続ける。
 
次のクリスマスが近づいてきた頃、マークはセラピストの勧めで、昨年オリーから贈られたクリスマスカードを開封する。そこにはなんと、「他に好きな人がいる」「パリから戻ったら話し合おう」というメッセージがしたためられていた。さらに、オリーの財産管理人から、オリバーがパリに秘密の別宅を所有していることを知らされる。
 
マークは「38歳という、人生の一番いい時期に一年を棒に振った!」「ソフィーとトーマスも僕のために一年を無駄にした!」とショックを隠さない。愛しているのは自分だけだったという独り相撲を取らされて、怒りと恥ずかしさと友人たちへの申し訳無さで感情がぐちゃぐちゃになって当然だ。
 
マークはソフィーとトーマスを誘い、クリスマスの週末をパリで過ごすことに。すると、ダンサーの青年ルカ(メディ・バキ)が、合鍵を使ってオリバーの部屋に入ってきて……
 

最愛の夫を亡くした主人公と2人の親友、それぞれが抱える問題に向き合う

Netflix映画の「ため息に乾杯」(1月5日より配信中)は、最愛の夫(と彼の富による裕福な生活)の喪失から立ち直ろうとする主人公を描きつつ、主人公と彼を支える2人の親友の3人が、それぞれに抱える根源的な問題に向き合う瞬間を切り取る悲喜劇だ。
 
マークを演じたダニエル・レは、2020年のプライムタイム・エミー賞で9部門を受賞したシットコムシリーズ「シッツ・クリーク」(15〜20年)ッド・ローズ役を演じ(自身も4部門で受賞)、21年にNetflixとパートナーシップを締結した。6シーズンから成る「シッツ・クリーク」で数エピソードの脚本と監督を務めたレにとって、脚本とプロデューサーも務める「ため息に乾杯」が、長編映画監督デビュー作となる。
 
面白おかしい修羅場が展開するコメディーに仕立てることも可能だったが、オープンリーゲイのダニエル・レビが同性愛者のマークを真摯(しんし)に演じ、パーソナルな部分もさらけ出すことで、悲しみを抱えた多くの人々に小さな光で道を照らすような作品に仕上がった。
 
自身も本作について、「友情と喪失、そして人生の大半真実を避けてきたために生じる混乱について気付きを与えてくれる物語です。愉快でほろ苦く、私が自身の悲しみを乗り越える助けとなったプロジェクトであり、他の人々にとっても同じように助けになればうれしいです」というステートメントを発表済みだ。
 
彼が乗り越えた「悲しみ」が何なのかは不明だが、本作からは、悲しみのどん底に落とされたときは利己的でいいからとにかく生き延びろ、そして生き延びた先にあるもう一つの壁にぶつかったときは、自分自身、そして自分にとって大切な人たちと正直に向き合う勇気を持とう、というエールのようなものが伝わってくる。
 
マークの根っこにある問題は、母親の死をきっかけに絵を描けなくなっていることだった。マークは、パーティーで出会ったフランス人のテオ(アルノー・ロワ)から、「芸術は苦しみの記念では?」と痛いところを突かれ、「僕は母親の死の苦しみを、オリーとの結婚で紛らわした」と告白するのだった。
 
実はトーマスとソフィーにも、マークの世話をすることで紛らわしている問題があった。それが何なのかはパリ最後の夜に、観覧車の中での3人の対話で明らかになるので、ぜひ本編でご覧になってほしい。
 

ルーク・エバンス、ルース・ネッガなど、実力派キャストの演技も見どころ

本作の魅力は、マークの物語として始まりつつ、マークが決して特別な存在として優遇されることなく、トーマスとソフィー(そして視聴者全員)もそれぞれの人生で主人公であることがはっきりと明示されている点にある。それを具現化するのは、実力派の豪華キャストたち。
 
カリスマ的な魅力を持つオリーにふんするのは、その素晴らしいキャリアによってLGBTをエンパワメントする、オープンリーゲイのルーク・エンス。自由奔放でトラブルメーカーのソフィーを演じるのは、「ラビング 愛という名前のふたり」でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたルース・ネッガ。「イエスタデイ」のヒメーシュ・パテルは、カラオケシーンでトーマスとして美声を披露する。
 
そして、ロンドンとパリのクリスマスは文句のつけようのない美しさだ。とくに、パリで再会したマークとテオの真夜中の散歩(ミッドナイト・イン・パリ!)は、「まるで映画みたいな」と形容したくなる画(え)作りだ。
 
老舗ブラッセリー「オ・ピエ・ドゥ・コション」でオニオングラタンスープを食べながらおしゃべりをするのだが、深夜営業はしていないのでは? 誰もいないモネの「睡蓮」の部屋(オランジュリー美術館)でキスをするシーンはもちろんロマンティックだが、なぜ警備員はテオを入館させてくれたのか? テオは学芸員? などなど疑問がなくはないけれど、そのつのシーンの魅力にあらがうことは不可能だ。
 
Netflix映画「ため息に乾杯」は独占配信中。

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

この記事の写真を見る

  • 「ため息に乾杯」より © 2023 Netflix, Inc.
さらに写真を見る(合計1枚)