映画館「Stranger」のチーフ・ディレクター、岡村忠征さん

映画館「Stranger」のチーフ・ディレクター、岡村忠征さん

2022.10.11

「新しい映画文化は東から!」 こだわり詰まったミニシアター「Stranger」開館

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

勝田友巳

勝田友巳

東京のミニシアター、たくさんあるようで実は、千代田区から西に偏在している。〝ミニシアター砂漠〟だった東京東部の下町・墨田区にこつ然と現れた「Stranger」という映画館。49席とこぢんまりしているが、高さ4メートルの大スクリーンを擁し、音響設備は200席の映画館で通用する高性能。開館特集はジャンリュック・ゴダール、しかも1980~90年代のめったに上映されない6作品。映画ファン垂涎(すいぜん)、感度の高い若者たちが喜びそうなラインアップ。こだわりの映画館を作った岡村忠征さんに、聞いてみた。

「Stranger」ホームページはこちら
 

映画目指して上京したものの

〝本職〟はデザイン会社の経営者。映画館運営は素人だ。とはいえ、映画界とは浅からぬ縁があった。まずは経歴を振り返ってもらおう。
 
「20歳で、映画監督になろうと思って上京してきました。とにかく映画関係の仕事に就かなきゃと、渋谷のカプセルホテルに泊まってミニシアターを訪ねて『雇ってください』って。今思えば当然だけど『住所もないのに雇えない』って断られて『インディペンデントの映画上映してるのに、インディペンデントな人間来たら断るのか』と思ってがっかりしました」
 
唯一拾ってくれたシネマライズを皮切りに、東京国際映画祭や配給会社で働き、開校したばかりの映画美学校の講座を受けて、その縁で黒沢清監督の撮影現場で制作進行として働くものの、夢見た監督への道はなかなか開けない。
 
「インプットもしてないしシナリオも書けないし、このままじゃ映画は撮れない」と思っていたところに、折しもマックのソフトで書籍編集ができると知り、映画雑誌を作ってきっかけにしようと思い立つ。ところがマックでのデザインの方が面白くなって独学し、そのままデザイン業界に転身した。2011年には自身の会社を起こして仕事にまい進。「映画業界からは20年近く完全に離れてたし、この10年ぐらいはあまり映画は見てなかったですね」


 

「ミュージアム」から「ギャラリー」へ

転機は2021年。「45歳になって、ちょうどコロナ禍にもなって、人生を見つめ直したんです。自分が世に何をなすかと。それまでは顧客のブランディングのお手伝いをしてきたんですが、これからは自分の事業としてブランドを作りたいと思うようになって」。たまたま新橋のTCC試写室で開かれた「リチャード・フライシャー特集」を見に行った。
 
「小さな試写室での上映で、これぐらいの映画館なら自分でも作れるんじゃないかと思いついたんですよ。考えたら映画館はアップデートされてない場所だと思って。ホスピタリティーは昔のままで、かしこまって『いらっしゃいませ』と迎えて『ありがとうございました』と送り出す」
 
「言ってみれば、従来は『ミュージアム型』。でもこれからは、キュレーターが作品を解説したり、お客さんと話をしたりできるような『ギャラリー型』でいいんじゃないか。お客さんとスタッフが映画を愛する仲間みたいな関係性で、居心地の良さを経験するっていうのも、映画館の現代的ホスピタリティーじゃないかなと思っていたんです」

 

ゼロから着想 1年足らずで開館のエネルギー

そこからの馬力がすごい。映画業界について知ろうと、映画美学校時代のツテをたどったり直接メールを送ったりしながら、ミニシアターや配給会社の関係者に話を聞き回った。
「インタビューしてるうちに作る前提になっちゃって、同時に場所も探して、法律にも詳しくなってきて」。新たな挑戦に好意的な業界人も現れる。
 
最初は東京西部に立地を求めたが、地代の高さや設置基準に合った物件が見つからず、近年若者が集まりつつあった江東の清澄白河に目を向けると、遠からぬ墨田区菊川に廃業したパチンコ店が見つかった。天井の高さや広さなど、条件にぴったり。ちょっと歩けば東京都現代美術館もあって、文化的雰囲気と無縁でもない。「新しい場所で、インディペンデントの価値観を持たせてわざわざ来る映画館にしよう」と決めた。
 
22年6月に物件を契約し、知り合った映画関係者の紹介で、閉館した山形県鶴岡市の「鶴岡まちなかキネマ」のスピーカーと新潟県十日町市の「十日町シネマパラダイス」の座席を譲り受けた。改修工事を完了して9月16日に開館。着想からこけら落としまで1年弱という超スピードである。開館特集はゴダールと決めていた。
 
「18歳の時に『気狂いピエロ』を見て鮮烈な印象を受けて、俺の人生は映画だ、と心に決めたんです。60年代の作品は時々上映しているけれど、80~90年代のゴダール作品は動画配信サービスでもなかなか見られない。音響設計も実験的で、映画館で見るのにふさわしいでしょ」
 
上映したのはフランスのゴーモン社が権利を持っていた6作品。交渉や手続きは配給会社に委託し、3週間の上映権だけの契約を結んだ。開館直前の9月13日、ゴダールの訃報が届いたが、あえて追悼とは銘打たなかった。「こんなタイミングで上映できるのは感慨深いけれど、便乗するようなことはしたくなかった」。それでも客席は、若者たちで賑わった。


 

映画館をブランド化したい

とはいえ「何度計算しても黒字にはなりません」と苦笑する。「49席だから、満席になってもパワーがないんです。劇場だけでは難しいので、マーチャンダイズやイベント、ネット物販などにも取り組んで利益を上げたいですね。Strangerのブランドイメージを作って、ここで上映することによる話題性や、新規ユーザーの開拓につながるといった付加価値を作りたい」
 
チケット販売のカウンターがバーテーブルにもなっていて、10人ほどが座れるカフェもある。コーヒーやサンドイッチのメニューにも力が入っている。
 
「ミニシアターのロビーって、映画好きが黙ってチラシなんか見てる感じですよね。でも今どき、時間も場所も拘束されて、見ず知らずの人と同じものを見るなんて、奇特な趣味ですよ。その仲間意識を共有できる空間を作って、語り合う場が自然発生的にできるといいなと。今見た映画の話をするのに、わざわざ外でコーヒー店を探す必要はないでしょう。映画を見なくても利用してもらっていい。『充実したロビー』ではなくて『カフェ』なんです」
 
「サービスの中心はコミュニケーションだと思っています」。スタッフも一家言持った映画好き。「語れる人間だけ採用しています。映画鑑賞は孤独な行為だけれど、観客が孤独である必要はないんです」。上映作品選定は「作家主義的特集、未公開のレア作品、見逃した新作の再上映」の3本柱。映画好き以上シネフィル未満がターゲット。「ここを目当てに、電車に乗ってわざわざ来てもらえる映画館にしたいですね。世界観で人を引きつけたい」
 
ゴダール特集の後はクローネンバーグ親子の作品を上映中だ。息子ブランドンのデビュー作「アンチヴァイラル」と「ポゼッサー」、父デビッドの「クラッシュ」。鬼才親子監督の作品を並べて見るのも、得がたい経験になりそうだ。
 
Strangerは墨田区菊川3の7の1菊川会館ビル。電話050・1751・4052。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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