毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.1.28
時代の目:天国にちがいない 混迷の世界、軽やかに旅を
「D.I.」のエリア・スレイマン監督の10年ぶりの秀作だ。セリフはほぼない。映像は豊かすぎるほど能弁でシュール感もたっぷり。イマジネーションを絶え間なく刺激する。なのに軽やかで品性があり、政治的なメッセージはずっしりと重く込められている。
スレイマン監督は、ナザレから新作映画の企画を売り込むため旅に出る。パリでは街を走る戦車、炊き出しに並ぶ大勢の人を見る。地下鉄では威圧的な男にすごまれる。ニューヨークに着くと誰もが銃を持ち、セントラルパークでは天使の姿の少女を警官たちがなぜか追いかける。誰もが暴力にさらされ、混迷した抑圧的な社会に生きている、と言いたげだ。
全編を貫くのはシニカルなユーモアである。表情をほとんど変えることなく、常に目の前で起きることを真正面から見据えている。その姿がおかしく、半面で憂鬱さも浮き彫りにする。シンメトリックで規則性が際立つ画面の多用は、画一性や希薄な人間性も際立たせる。ナザレに帰り凡庸な生活に戻ったスレイマン監督は、成長したレモンの木や〝隣人〟に、かすかな希望といとおしさを見つけ出したにちがいない。1時間42分。東京・新宿武蔵野館、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(鈴)