芦澤明子さん=松田嘉徳撮影

芦澤明子さん=松田嘉徳撮影

2022.8.25

女性が増えて現場のトイレがきれいになった 撮影監督・芦澤明子:女たちとスクリーン⑭

「男性映画」とは言わないのに「女性映画」、なんかヘン。しかし長年男性支配が続いていた映画製作現場にも、最近は女性スタッフが増え、女性監督の活躍も目立ち始めてきました。長く男性に支配されてきた映画界で、女性がどう息づいてきたのか、女性の視点や感性で映画や社会を見たらどうなるか。毎日新聞映画記者の鈴木隆が、さまざまな女性映画人やその仕事を検証します。映画の新たな側面が、見えてきそうです。
 

鈴木隆

鈴木隆

日本の撮影現場にも女性が増えつつある。しかも、才能豊かで優秀な人が多いという。女性カメラマンの先駆けとなった芦澤明子さんは、「若手を育成して、後継者を養成することが不可欠」と説く。
 


 

手間がかかった海外でのフィルム撮影

--芦澤さんが撮影監督を務めた公開中のインドネシア映画「復讐は私にまかせて」は、フィルムで撮影したそうですね。
 
アクションが盛んなインドネシアでの撮影依頼に驚いたが、エドウィン監督がフィルムにこだわったことにもびっくりした。フィルム撮影が成功するには、演出家とカメラマンとお金を持っているプロデューサーが三位一体、一枚岩にならないとできないと思っている。今回は良かったけれど、私だけがやりたいと言ったら絶対に瓦解(がかい)するし、そういう時は言い出さない。
 
--一枚岩とは。
 
フィルムで撮ると、かかる手間が違う。まず、現像所にフィルムを持っていかなくてはならない。プロデューサーだけでなく、その下の制作部の手間が、今回は海外だったこともあり、通常の3倍とか5倍とか、かかった気がする。そういう目に見えない手間をいとわないという制作の姿勢が一つ。あとは、デジタルなら無尽蔵に撮れるが、フィルム撮影だと完成尺数の3倍とか5倍とか、制限がある。監督がそういうことを分かった上で、フィルムと言っているかどうか。
 
三つ目はフィルムで撮った後、現像して映像になるまで本当に無事ですむかどうか。フィルムは化学、ケミカルだ。ケミカルが相手だと思わぬ感動がある半面、不測の事態が起きやすい。それに対する保険を二重三重にかけておかないといけない。そうした技術的な問題も含め、どこかが欠けたら成功しないと思う。
 
監督から「フィルムでどうか」と言われても、状況を見て始めないと不幸なことが起こる可能性がある。リスクが考えられるときは「デジタルのほうがいいんじゃないか」と薦める場合もある。


「復讐は私にまかせて」の撮影をする芦澤明子さん(右) 

監督、カメラマン、プロデューサーの三位一体で

--そのあたりは、日本のプロデューサーや監督は把握しているか。
 
昨今、プロデューサーになった世代が、フィルム全盛だった時に使いっ走りをやっていた最後の世代だろう。であるならば、ある程度は分かっている。何となくフィルムでやったらどうか、というのでは三位一体にはなりづらい。
 
カメラマンがそういう人を見つけたとしても、監督がたくさんカメラを回したい、セットをもう一つ作った方がいいという人だったら、やはり三位一体になりづらいだろう。
 
--ところで、インドネシアの撮影はかなり暑かったのでは。
 
大丈夫だった。喧噪(けんそう)とか混沌(こんとん)も割と好き。この世界のいろいろな人、いい人や悪い人、奇人変人に育てられ、吸収した結果ですから。
 
--インドネシアの撮影現場で驚いたことは。
 
私たちが考えている以上に、女性のクルーが多かった。プロデューサー、ラインプロデューサー、制作などみんな女性でキャリアを持っていて非常に頼れる人たち。しかも、現場を駆けずり回っている若者だけではなく、決断をしなくてはいけないパートにも女性がいた。日本でももっと増えてほしい。
 

「復讐は私にまかせて」で助手らとともに撮影準備をする芦澤明子さん(右から2人目)

優秀な人材は女性ばかり⁉

--日本映画の現場でもここ数年、撮影や美術など女性スタッフが目立ち始めている。女性の映画人が増えて、今後必要になってくるのはどんなことか。
 
若者の育成です。これはどこのパートも同じだろう。インドネシアでも日本と同じように今やあらゆる部署に女性がいる。その人が昇進しても他の部署に転出しても、そこを埋める若い人がどんどん出てきている。そういう人材の豊かさがある。そのせいか、スタッフがみんな疲れていない。
 
--日本の現場だと男女問わずみんな疲れているイメージがある。
 
そう、私を含めて疲れていますよね。例えば、ロケに行くのに新宿の集合場所に集まったりすると、朝からみんな疲れている。インドネシアは違った。疲れてない。明るい日差しのせいだけではないと思う。
 
--何が違うんでしょう。映画を仕事にしたい女性は増えているように思うが。
 
そう思う。男女を問わず、若い優秀なアシスタントは技師さんにとって大事。そういう人は手放したくない。そうすると、その人の一本立ちが遅れてしまう。後を託せる人がいれば、安心して一本立ちできる。若手が育っていないと、なかなか思うように進めない。


「復讐は私にまかせて」のスタッフとともにカメラに収まる芦澤明子さん(中列中央)

優れたアシスタントは手放したくないが…

--そうした話は聞いたことがある。
 
私の友人で、監督になるのが遅れて意欲を失ったり、パワーをなくしてしまったりした人がいた。チャンスを生かすためには、周りに豊かな人材が育っていないといけない。映画の世界だけに限ったことではないが。
 
--映画の現場って、厳しい、大変というイメージがあって、そこで生き残っていくのはさらに大変。
 
映画系の学校を出ても、多くは会社員になる。フリーにはなかなかならない。なぜかというと、経済的に安定しないからで、それが安定すれば、フリーでやりたい人は結構いる。不安定だと結婚もできない。その2点が問題だと思う。
 
今は学校で映画を学んでいる人がいて、うらやましいと思いつつも、私が現場で育ってきたせいか、心の片隅では、学校で映画を学ぶの?っていう気持ちもほんの少しはある。現場で学べ、と。
 
--業界全体で取り組まないといけない問題だが、女性が多くなってきたことで現場に変化はあるか。
 
やはり、気遣いややさしさが違う。変な話だが、トイレの場所が配慮され清潔さが増してきた。以前はブースが男女一緒とか、男女一緒と男用とかだった。きれいなトイレがあるというだけでも、少し幸せな気分になる。


 

お金と手間をかけて後継者育成を

--そういうところから始めないとダメなんでしょうね。
 
そうかもしれません。これを言うと逆差別かもしれないが、ここ1、2年は才能ある人はみんな女性といってもいいくらい。カメラマンも監督も若い優秀な女性が目立つ。こうした若い芽を細らせないで育てるのは、私たちシニアの責任でもある。
 
――芦澤さん、いい作品をたくさん撮ってもらいたいし、若い人も育ててほしい。やることはたくさんある。
 
繰り返しになるが、男女とも優秀なほど一本立ちできない実情があるので、お金と手間をさいても後継者作り、若い人の養成をしていかないといけない。また、時代劇や時代物のノウハウは日本映画の宝。その人的継承も待った無しだと思う。
 
--最後に撮影監督として特に大事にしていることは。
 
つまらない答えかもしれないが、やはり、体調を良くしておくこと。演出家もそうだろうが、作品に必ず出る。体調が悪かった部分は自分にしか分からないが、やっぱり出る。面倒くさそうに撮っているな、とか分かる。不健康に見られることがあるが、実は結構、健康には気を使っている。
 
■芦澤明子(あしざわ・あきこ)さん 撮影監督。1951年生まれ、東京都出身。青山学院大学時代にジャン・リュック・ゴダールの「気狂いピエロ」を見て映画に深い関心を持ち、自主製作映画やピンク映画の撮影、テレビコマーシャルに携わり、一般映画の世界に。「きみの友だち」「LOFT ロフト」「トウキョウソナタ」「わが母の記」「岸辺の旅」「散歩する侵略者」「海を駆ける」「子供はわかってあげない」など代表作多数。2018年に紫綬褒章を受章。

復讐は私にまかせて

インドネシア発の恋愛&アクション映画。インドネシア映画界の俊英エドウィン監督が「トウキョウソナタ」「岸辺の旅」などの芦澤明子カメラマンと組んで第74回ロカルノ国際映画祭金豹(きんひょう)賞(最高賞)を受賞した。
 
ケンカに明け暮れるアジョ・カウィルは、クールで美しく伝統武術シラットの達人で女ボディーガードのイトゥンと出会う。2人は激しい決闘の末、情熱的な恋に落ちる。アジョは勃起不全のコンプレックスを抱えていたが、イトゥンの愛に救われて結婚し、幸せな時間が流れた。ある時、アジョから勃起不全の原因となった秘密を打ち明けられたイトゥンは復讐(ふくしゅう)を企てるものの、悲劇的な事態を招いてしまう。香港カンフー、バイオレンス、コメディー、エロスのエッセンスを取り込んだエンターテインメント。
 

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て90年に毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。現在は毎日映画コンクールに携わる。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
ひとしねま

松田嘉徳

まつだ・よしのり 毎日新聞事業本部カメラマン

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