健さん演じる乙松がたたずんでいた幾寅駅のホーム

健さん演じる乙松がたたずんでいた幾寅駅のホーム

2022.5.13

北海道 高倉健さんの追悼の地へ

2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。

ひとしねま

土屋信明

2017年7月1日北海道立釧路学芸館から始まった追悼特別展「高倉健」の北海道巡回。同帯広美術館、同近代美術館(札幌市)、同函館美術館と約8カ月4カ所を巡回しました。「網走番外地」、「幸福の黄色いハンカチ」、「鉄道員(ぽっぽや)」など北海道ロケ作品が多かった彼の追悼にふさわしい旅でした。その中で18年1月1日に掲載されたロケ地紹介の記事。
全国では蔓延防止等重点措置も解除されました。旅情も感じてもらいたいと再掲載しました。
なお、今年になってJR根室線で幾寅駅のある富良野~新得間の廃止が決定されました。
*施設等の情報は18年1月1日現在の情報です。

北海道を愛し多くの名作を残して逝った俳優・高倉健さんの北海道ゆかりの映画は「鉄道員(ぽっぽや)」(南富良野町)など34作品。その南富良野町と「幸福の黄色いハンカチ」の舞台・夕張市、「居酒屋兆治」のロケ地・函館市を訪ねた。【土屋信明】

◇南富良野 「鉄道員」(ぽっぽや)

「鉄道員」(1999年、降旗康男監督)の舞台となった南富良野町のJR根室線「幾寅駅」。健さんらロケ隊は、厳寒の99年1月に訪れ、約2週間にわたって駅と周辺に設営したセットで撮影をしたという。駅のホームに立つと、今でも健さんがそこにたたずんでいるようだ。
駅には今も映画の駅名「幌舞(ほろまい)」の看板が掲げられている。駅前周辺もロケ地として保存され、「だるま食堂」や「井口商店」などのセットが残る。駅舎内には健さんが着ていた駅員の制服や撮影時の写真が展示され、机には花と遺影が飾られている。
16年8月、町は台風10号に襲われ、空知川が氾濫し鉄路が寸断された。以来、幾寅駅に列車の姿はない。JR北海道は根室線の新得―東鹿越間の復旧工事を見送る方針を町に伝えている。
幾寅駅のレールは茶色くさびたまま、映画のように廃線の時を迎えるのだろうか。

◇夕張 「幸福の黄色いハンカチ」


夕張市の幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば

夕張市日吉の高台に「幸福の黄色いハンカチ」(77年、山田洋次監督)のロケで使われた「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」(11月6日から冬期休館中)がある。映画公開から40年たった昨年、施設はリニューアルされた。
屋外のさおにシンボルの黄色いハンカチが掲げられている。炭鉱住宅の五軒長屋は壁を取り払い、撮影で使われた赤いファミリアや小道具類を展示。来場者が書いた黄色いメッセージカードを壁一面に張っている。当時の暮らしぶりを再現するコーナーもある。
映画公開の年、北炭夕張炭鉱(新第二炭鉱)が閉山した。「炭鉱から観光へ」のスローガンの下、跡地に建てられたのが「石炭の歴史村」だ。その後残っていた四つの炭鉱も90年に全て閉山。観光への投資は裏目に出て市は2006年「財政再建団体」に転落した。
市は現在、歴史村の中核施設だった石炭博物館の改修工事を実施している。地域再生に向けた「リスタート」が始まった。

◇函館 「居酒屋兆治」


居酒屋兆治のロケ地となった函館市の金森赤レンガ倉庫と七財橋

「居酒屋兆治」(83年、降旗康男監督)のロケが行われた函館市。居酒屋が設けられた金森赤レンガ倉庫群はリフォームされ、背景に映る函館どつくの大型クレーンも撤去されたが、市電や元町周辺のたたずまいなど、撮影当時の面影は今も残っている。
主なロケ地は、居酒屋があった金森赤レンガ倉庫、藤野英治を演じる健さんと妻役の加藤登紀子さんが函館朝市に向かう途中で通った七財橋、英治が暴行事件で留置された市臨海研究所(旧函館西署)、函館湾を見渡すことができるチャチャ登り、外国人墓地周辺の坂道など。
函館市は昨年公開の「PとJK」(亀梨和也さん・土屋太鳳さん主演)が撮影されるなど、戦後80本近いロケが行われている。「居酒屋兆治」のみを取りあげた施設はないが、ロケ地周辺を歩いてみると、映画の情景がよみがえってくる。

ライター
ひとしねま

土屋信明

毎日新聞記者

カメラマン
ひとしねま

土屋信明

毎日新聞記者