©︎TBS

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2024.3.19

多面的なアクティビストの軌跡──「坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

熊谷朋哉

熊谷朋哉

映画「坂本龍一 WAR AND PEACE 教授が遺した言葉たち」が公開された。監督は金富隆。本作は、2023年に3月に逝去した音楽家、坂本龍一の、アクティビストとしての側面と軌跡を振り返った映像ドキュメンタリーである。


 

地雷ZERO 21世紀最初の祈り

坂本ほど、多彩かつ多面的な活動を継続させた存在も珍しい。死去から1年が経過したが、その肖像と足跡は、さらにさまざまな〝坂本龍一像〟をわれわれに与えてきているように思える。
 
00年、TBS開局50周年特別企画「地雷ZERO 21世紀最初の祈り」として坂本に企画が持ち込まれた。カンボジアやアフガニスタン、モザンビークでは、当地の紛争時に埋められた地雷が、今もそこで生活する住民たちを傷つけているという。その問題について、なにか一緒にできないか。坂本は実際にモザンビークに飛び、地雷が埋められた地域での生活、地雷除去の現場を体験する。
 
坂本は、その現地の音楽をもとに曲を作り、リリースし、その収益を地雷除去費用に充てることを提案する。
 
それによって01年4月に発表された「ZERO LANDMINE」は、各国、現地、それぞれの歌や音楽を軸に、世界を旅するような楽曲となった。デビッド・シルビアンのシンプルな歌詞とともに、絢爛(けんらん)豪華な世界、日本のスーパースターたちの参加は、1980年代の「Do They Know It's Christmas」や「We are the world」を思い起こさせるものだった。
 
本作では、世界の中継とともに、スタジオに文字通りにスーパースターたちが勢ぞろいしたパフォーマンスを改めて追体験することができる(GLAY、Mr. Children、Dreams Come TrueとボアダムスのEYE、DJ KRUSHが同じステージに立つことはもう二度とないだろう)。
 
なお、ここではベースに細野晴臣、ドラムスに高橋幸宏が入り、その後のYellow Magic Orchestra(YMO)再始動のきっかけにもなっていることも見逃せない。
 

WAR & PEACE

その後、TBSとのコラボレーションは、「WAR & PEACE」という曲へと結実する。01年の米同時多発テロ事件を経て起きたアフガニスタン戦争やイラク戦争をきっかけに、TBS「 NEWS23」が戦争と平和についての発言を視聴者から集め、それを坂本が楽曲にすることとなった。
 
その楽曲は再び04年に番組にて発表され、その様子も今作には収録されている。こちらにもYMOのメンバーがそろい、ギターはその後もコラボレーションを重ねることになる小山田圭吾。
 
 「WAR & PEACE」は、この時期の坂本がとても大切にしていた一曲で、その後のソロツアーではもちろん、08年の28年ぶりのYMOとしてのロンドン公演でも、「Rydeen」の前、これが〝今〟の坂本が伝えたいことだというかのように演奏されていた。アート・リンゼイの英語詞も印象的で、後期の代表曲のひとつと言えるかもしれない。
 

当時は戸惑った人々も多かった

さて、実は、坂本は、このような「社会的」発言や活動からほど遠い存在だった。彼が特にまずは「エコ」について積極的に発言するようになったのは90年代の後半であったが、当時は戸惑った人々も多かったと記憶する。坂本自身も本作内で、それまではあまり表立って(大きなことを)主張するようなことは避けていたと述べている。それは70年代前後の高校全共闘活動時(彼は東京都立新宿高校全共闘の中心メンバーであった)の苦い思い出のゆえという。音楽が「政治的」に利用されることについても大変に意識的で、警戒心の強い人物であった。
 

単なる心境の変化か? 世の中の変化か?

しかしながら、特に21世紀に入ってからの坂本は、自らのポピュラリティーを、「自分が考えていることを表明する、それを伝える」ために、全く惜しみなく使うようになった。これは単なる心境の変化か? 世の中の変化か? 両方かと思うが、少なくとも、筆者が知る、そして接する限り、彼はいつも自分自身にとても正直な人物だった。そしてこの時期の坂本の音楽が、芸術的価値が低いという意味で「政治的」だったかどうか? 筆者はそうは思わない。
 
リリースするCDは紙ケースになった。森を守り、増やすための団体「モア・トゥリーズ」を設立した。動物愛護の一般社団法人FreePetsを設立した。東日本大震災後は、イベントとして「NO NUKES」を開催した。国会前のデモにも積極的に参加して、スピーチも行った。スピーチといえば、本作には大きな話題と攻撃の対象となった12年代々木公園での「たかが電気」発言もほぼフルで収録されているので、ぜひこちらでご覧になっていただきたい。
 

貴重な記録作品

そして、坂本は、本当にその死の直前まで、神宮外苑再開発についての懸念と発言を止めることがなかった。23年2月付で小池百合子都知事をはじめとする首長たち、文部科学大臣、文化庁長官へ、その再開発を止めてほしいという手紙を送付している。
 
それにしても、巨大な存在であった。彼ほどにアイコンとしての強力さ、活動の幅広さと多彩さ、そして率直さを持つ人物が、今後、日本のポップミュージックには現れうるだろうか? 
 
本作は、その巨大かつ多面的な存在であった坂本龍一の、ある側面をビビッドに切り取った、貴重な記録作品である。
 
上映の詳細はこちら。TBSドキュメンタリー映画祭|TBSテレビ

ライター
熊谷朋哉

熊谷朋哉

プロデューサー/編集者/株式会社スローガン代表取締役。
編著書に「YELLOW MAGIC ORCHESTRA x SUKITA」、「デヴィッド・ボウイ・アーカイヴ」、「who's BAD? マイケル・ジャクソン 1958-2009」、「四代目市川猿之助」、「MIYAVI x SUKITA」、「PLASTICS - 情報過多」、「坂本龍一+編纂チーム編 いまだから読みたい本―3.11 後の日本」、「JULIE by TAKEJI HAYAKAWA 早川タケジによる沢田研二」等多数。
https://www.slogan.co.jp

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