毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.4.15
この1本:「ハッチング 孵化」 怪鳥を育む思春期の陰
大自然に囲まれたきれいなおうちで暮らす少女が、森の中で卵を発見。やがて少女がベッドでひそかに温めた卵からは醜い怪鳥のひなが生まれ、大事件を巻き起こす……。
そんなおとぎ話のような導入部からして引き込まれる本作は、珍しいフィンランド産のホラー映画。北欧らしい澄みきった空気感、洗練されたインテリアに満たされた作品だが、こちらの想像のはるか斜め上をいくストーリー展開に圧倒される衝撃作だ。
主人公ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は素直で純真な少女だが、体操選手として母親の期待に応えられず、つらい練習を耐え忍んでいる。前述した怪物は、思春期特有の不安が渦巻くティンヤの暗黒面が表出した分身のような存在だ。すると外見までティンヤに似始めた怪物は、彼女の怒りや悲しみに呼応して、身近な人々を襲い出す。
これだけでも変種のドッペルゲンガー(分身)ものとして楽しめるが、新人のハンナ・ベルイホルム監督は社会風刺も盛りつけた。自己愛の強い母親がSNSで発信する〝幸せな家族の日常〟に隠された偽りの真実。フィンランドは国連による幸福度ランキングで世界1位の常連国なのだから、何と痛烈な毒をはらんだブラックユーモアだろうか。
そして母親、ティンヤ、怪物のねじれた関係に〝母性〟という主題を込めた本作は、3者が初めて対峙(たいじ)するあぜんぼうぜんのクライマックスへ猛然と突き進む。鳥から人間へと変態を遂げるクリーチャーのデザイン、特殊効果も手抜かりなし。脚本も演出も極めて緻密かつ知的なのに、不条理な災いの嵐が吹き荒れる映像世界は異様な場面の連続だ。粘着質のえげつない恐怖描写はデビッド・クローネンバーグ作品を想起させる。
見る者の肌感覚と感情に訴えかける現代の残酷童話。圧倒的な出来栄えである。1時間31分。東京・ヒューマントラストシネマ渋谷、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(諭)
異論あり
いい子になろうとするティンヤに潜んでいた黒い自我が卵の中で巨大化する過程や、母親が装う「幸せな家庭」の実態が明らかになっていく中盤までは、なかなかの緊迫感。そこまでの期待が高かったために、後半に入って物語の展開がはっきりしてくると、ちょっとがっかり。自分を偽り娘にも完璧を求める母親は、最初は不気味だったのに、だんだん単調に見えてくる。クライマックスに近づくにつれて母子の対比が明確になりすぎて、結末も分かりやすい。家族の欺瞞(ぎまん)を徹底的に暴けば、もっと怪作になったのに。(勝)
技あり
ベルイホルム監督は「完璧なおとぎの国ではなく、美しく明るい環境で起こる恐怖」を、極力CGを使わず撮ろうとした。意を受けたのがヤルッコ・T・ライネ撮影監督。冒頭、タイトルの下絵から飛び立った鳥が卵を残して林で死ぬまで段取りがよく、早い。一方、壁の花模様が目立つティンヤの部屋で母親がベッドの下をのぞき込むカットで、ティンヤの白い衣装だけが浮き、花模様がくすんでしまった。怪鳥が腕にガラスを刺したまま帰ってくる場面など、カットを重ねる技は少々ぎこちない。経験を積めばうまくなるだろう。(渡)