「哀れなるものたち」より © 2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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2024.1.17

エマ・ストーンとランティモス 物語も主題も映像も規格外!「哀れなるものたち」

新作「哀れなるものたち」で2度目のアカデミー賞主演女優賞の期待も高まるエマ・ストーン。公開に合わせ、硬軟のバランスが取れたキャリアと魅力、オススメ作品を紹介します。

高橋諭治

高橋諭治

昨年のベネチア国際映画祭で金獅子賞に輝き、つい先日の米ゴールデングローブ賞では作品賞、主演女優賞(共にコメディー/ミュージカル部門)を受賞。ヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーンという「女王陛下のお気に入り」(2018年)コンビが新たに放つ「哀れなるものたち」(23年)は、来る第96回アカデミー賞でも本命の一本として授賞式当日を迎えるだろう。
 


説明困難 規格外の奇々怪々

ところがランティモスがスコットランドの作家アラスター・グレイの同名小説を翻案し、長年の構想を経て実現させたこの映画、かいつまんで説明するのが難しい。昨年のアカデミー賞の主役だった「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(22年)もそうとうぶっ飛んだ異色作だったが、「哀れなるものたち」の奇々怪々ぶりはとんでもなく規格外だ。
 
ビクトリア朝時代のロンドン。投身自殺した若い女性ベラ(ストーン)が、天才的な外科医ゴッドウィン(ウィレム・デフォー)の手によってよみがえる。しかし脳の入れ替え手術を受けたベラは幼児のような心を持ち、体の動かし方も会話もおぼつかない。ゴッドウィンはそんなベラと教え子の医学生マックス(ラミー・ユセフ)の結婚を取り持とうとするが、ベラは弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘惑され、外界へと旅立っていく。
 

フランケンシュタイン的女性主人公

神をも恐れぬ禁断の手術によって新たな生を受けたベラは、いわばフランケンシュタインの怪物だ。まさしく〝生まれたまま〟の彼女は、見た目は美しい大人の女性だが、社会の常識も倫理観も持たない。ゆえに、野生動物のようにあらゆる行動が予測不能で、その半面、危なっかしいほど純粋無垢(むく)な存在でもある。エマ・ストーンが体現したこの人間と怪物のハイブリッドのようなヒロインこそ、本作の最大の見どころとなる。
 
プレーボーイのダンカンに導かれてポルトガルのリスボンを訪れ、ヨーロッパを回遊する船旅に出たベラは、ロンドンでの幽閉生活では知りえなかった〝世界〟を発見し、いつしか自我と欲望に目覚めていく。すると、シュールな不条理コメディーから奇想天外な冒険映画へと転じた本作のテーマが、ようやく見えてくる。この映画は「フランケンシュタインの怪物」のフェミニズムバージョンなのだと。

 

説教臭さ逃れたフェミニズム

マーク・ラファロが演じるダンカンは、エゴとナルシシズムの塊のような男だ。ベラの無邪気さに心ひかれたダンカンは、彼女を独り占めしようともくろんで旅に連れ出したが、思いがけない痛烈なしっぺ返しを食らうはめになる。ベラの変容を通して、男の支配欲、抑圧、偏見からの解放を描く本作は、極めて現代的な視点がこもった風刺劇なのである。
 
さらに驚かされるのは、今どき珍しいスター女優の惜しげもない脱ぎっぷりだ。もちろん劇中に盛り込まれた赤裸々なセックス描写には必然性がある。前述したように、倫理観がまるっきり欠落しているベラには、セックスに対する後ろめたさもない。他人の目など一切気にせず、おのれの欲望と好奇心の赴くままに快楽に身を委ね、すべて〝実践〟によって知識を得て自立していく。扱っているテーマは現代的でまっとうだが、ランティモスとストーンがやってのけた描写の過激さ、大胆さには舌を巻くしかない。だからこそランティモスらしいグロテスクな趣向も満載の本作は、フェミニズム映画にありがちな説教臭さをまぬがれている。
 

尋常ならぬ映像へのこだわり

加えて、本作のビジュアルの凝りようと壮大さは尋常ではない。「女王陛下のお気に入り」に続いてタッグを組んだランティモスと撮影監督のロビー・ライアンは、序盤のゴッドウィン邸の閉塞(へいそく)したシークエンスを、怪奇映画のようなモノクロ映像をちりばめながらゴシックロマン風に構築。そしてベラが旅立ってからはダイナミックに空間を押し広げ、鮮やかな彩度のカラーで見る者をめくるめく視覚的な刺激の渦へと誘っていく。
 
コダック社から特別に調達した35ミリフィルムを採用し、ブダペストのスタジオにいくつもの巨大なセットを建造して撮影を行ったその映像美は、一つ一つのショットが実にフォトジェニック。あえて人工的な作り物感を強調することで、本作はこのうえなく豪華絢爛(けんらん)にして型破りなフェアリーテールとなった。
 
最後に書き添えたいのは、ゴッドウィンにふんしたウィレム・デフォーの怪演だ。前述したダンカン同様、ゴッドウィンもベラを自らの研究の〝実験体〟と見なすエゴイストなのだが、物語が進むにつれて、顔面ツギハギだらけの異様な風貌の内に秘められた彼の複雑な人物像が明らかになっていく。一度見たら忘れようのないこのキャラクターも、破格のサプライズに満ちあふれた本作の〝発明〟と言えよう。
 
「哀れなるものたち」は1月26日(金)、全国公開。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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