撮影賞 月永雄太=幾島健太郎撮影

撮影賞 月永雄太=幾島健太郎撮影

2023.2.13

デジタル時代に16ミリフィルムで撮影したわけ 撮影賞 月永雄太「ケイコ 目を澄ませて」 :第77回毎日映画コンクール

毎日映画コンクールは、1年間の優れた映画、活躍した映画人を広く顕彰する映画賞。終戦間もなく始まり、映画界を応援し続けている。第77回の受賞作・者が決まった。

木村光則

木村光則

第77回毎日映画コンクール撮影賞に選ばれたのは「ケイコ 目を澄ませて」の月永雄太。耳の聴こえない女性ボクサー、ケイコを描いたこの作品で、16ミリフィルムを駆使して、まるで油絵のように陰影の深いショットをスクリーンに映し出した。


みんなで作ったんですよ

受賞を聞いてまず思ったのは「個人で取るのはもどかしい」ということだったという。「撮影部というチームを組んでいる。その責任者として名前は出るんですが、みんなで作ったんですよ、と言いたいんです」と強調した。
 
実際、同作は今回の毎日映コンで、作品部門の日本映画大賞のほか、三宅唱監督が監督賞、岸井ゆきのが女優主演賞、川井崇満が録音賞と、最多の計5部門で受賞。チームとしての力が高く評価された。「毎回、プロジェクトを組んで、いい映画にしようと最善の努力をするんですが、作品として結実するかは別問題。けど、今回は、準備段階から、役者さん含め、すべての条件がうまくいったからこそ、評価していただけたんだろうな、と思います。それがうれしいな」
 

「ケイコ 目を澄ませて」©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会COMME DES CINÉMAS.

プレッシャー感じつつ「いい作品にしなければ」

デジタル全盛の時代に16ミリフィルムで撮影。「予算的にもなかなかないことで、準備段階から努力が必要。それだけのことをやって、なんでフィルムで撮ったのか分からない、という作品になってしまっては意味がない。『フィルムで撮る意味ないよね』ということになれば、先々のためにも本当に不幸なことなので、『フィルムで撮ってよかったね。いい作品ですね』って言ってもらえるようにしなくちゃいけない、というのがすごくプレッシャーでしたね。常にフィルムで撮ることの意味やメリットを考えていました」と振り返る。
 
汗の染みこんだボクシングジムの床や壁、荒川にかかる橋を走る列車の窓から漏れる光と、それを反射する川面の風景、ジムや自宅で物思いにふけるケイコの顔に差す光――など、印象的なシーンの多くに「光」が作用している。

明暗の味わいが出る

「シンプルに言うと、フィルムの方が暗いところが映らない。デジタルは肉眼より明るく撮れてしまうけど、フィルムは肉眼よりも暗く撮れてしまう。ではメリハリをどうつけるか。暗いところを暗いままにしながら、必要なところにどこまで光を当てるか。事前に話し合いが必要です」
 
フィルムとデジタルの違いは、最も明るい場所と暗い場所で際立つという。「デジタルだと白はただのフラットな真っ白になるし、暗いところはベタッとした黒になってしまう。フィルムは、飛んでしまったハイライトのところも見えない暗い部分も、柔らかく味わいのようなものが出る。フィルムの粒子として物質が残っている感じです」。フィルム撮影だと白や黒にも物質感が残る、油絵のような質感がスクリーンに現れるのはそのためだ。


「藤井勇の照明が素晴らしかった」

ただ、フィルム撮影は光をなかなか取り込まない。そこで、大きく貢献したのが照明技師、藤井勇によるライティングだ。例えば、暗いジムに太陽光が差し込んでケイコを照らすように見えるシーン。
 
「リアルではあそこまでジムに光は当たらない、ではフィクションとして光をどう当てるか。ギリギリのリアリティーを保ちながら、朝日や夕日をうまく作ってくれた藤井さんのライティングが素晴らしかった」
 
ライティングが功を奏しているシーンは他にも多い。ケイコが夜、河川敷で考え事をしていると、警察官に職務質問される。警察官が去った後、ケイコの頭上を列車が走り、光がジグザグにケイコの体を照らす。ボクシングを続けるか迷っているケイコの心象風景を見事に映し出した。
 
「三宅さん(監督)があの辺りを歩き回って、高架下で実際にあんなふうに光が当たるのが面白いよね、と。ただこの光はフィルムには映りませんよ、となったときに、じゃあライトで作りましょうかと。では、アングルはどうしよう、ライトはどこに置こう、と話が進んでいった。もちろん、そこを歩いた岸井さんが素晴らしくないとあの絵は成立しないんですが」とチームとしての総合力を語った。
 

ミット打ちはワンカットで

ケイコは聴力がないというハンディを抱えながらもボクシングに打ち込む。なぜ、ボクシングをするのか、ケイコは一切語らない。ただ、一つのことに真摯(しんし)に人生をかける人間の美しさが映像を通して見る者に伝わっていく。月永はクランクイン前に、岸井のボクシングのトレーニングを見に行ったという。岸井はトレーナー役として出演もしている松浦慎一郎に付いて、3カ月トレーニングを積んだ。
 
「岸井さんがどういう方で、どういう体の動かし方をするのかを見たかった。それで撮り方が変わるかもしれない。岸井さんは、最初はぎこちないところもあったんですが、すごく上達が早くてびっくりしましたね。松浦さんの指示を聞いてどんどん吸収していくのが分かったので、これはきちっと仕上げていくんだろうな、という期待感がありました」
 
ケイコがジムで練習を重ねるシーンが多く映される。松浦のミットにケイコが打ち込む「ミット打ち」では、劇伴の音楽がまったくない作品の中で、打ち込む音がまるでパーカッションのように響く様子を長時間映し出した。
 
「リズム感があって、ああ、これは長回しで撮れるって思った。カットを割らなくても、ワンカットでいけるって。撮影の後半になると、松浦さんがランダムに繰り出すミットに岸井さんが運動神経よく対応できているので、撮っていてワクワクしました」


 

試合よりも練習を魅力的に

一方、ケイコの試合のシーンでは引いて撮るカットが多い。それはなぜか。「かつてのボクシング映画、たとえば『ロッキー』のようにものすごい肉体をしたボクサーの映画にはならない。する必要はないし、しないほうがいい。そう考えた時、近くで撮るよりも、客観的なカットのほうがいいのではないかと考えました」
 
「いわゆるボクシングの試合を撮る定点カメラ、あるいは(ケイコの)母親とか一番遠くから見ている人の視点で客観性を保ちつつ、本当っぽいボクシングの印象をどこまで伝えられるか。ケイコはプロボクサーではあるけど、日常を生きているひとりの女性です。これはボクシング映画ではないので、試合を迫力あるように撮ることより、練習を魅力的に撮ることのほうが重要だという意識でした」
 
16ミリフィルムは撮影時にカラカラとフィルムの回る音がする。岸井はその音を「これが映画を愛してきた人たちが聞いてきた音なんだ、って思って、感動していました」と語っていた。一方で月永は「フィルムの回る音が大きいので、そこは周りに迷惑をかけてしまった」と恐縮する。
 
録音賞に輝いた川井はそれだけ音を繊細に拾っていた。「決して環境音を強調するのではなく、普通に生活していたら聞こえるいろいろな音をそのまま伝えている。それを繊細につけてくれたので、相乗効果で絵も引き立つし、バランスがすごくよかった」と語る。
 

現像するまで分からない

また、デジタルの撮影ではモニターの映像でピントや光の具合をその場で確かめられるが、フィルムの場合、それらは現場では分からない。「フィルムの方がピントの計測は重要になる。明るさも現像しないと分からない。撮影助手のチーフがいて、明るさをはかる人がいる。準備段階で、この暗さだと狙いとは違うかなとか、これぐらいの光だとこの明るさになるなという経験値も必要になる」
 
そうした意味で、フィルムで長編映画を撮った経験は4本ぐらいという月形にとっても今回の作品はチャレンジだった。スタッフの多くはデジタル撮影が主流になってから映画作りに携わった世代。そうしたチームで、フィルムでこれだけ質の高い作品を撮ったことに価値がある。
 

未来につながる作品に

「やっぱりみんな映画が好きで、昔の映画はフィルムなので、フィルムへの憧れはあります。ただ、(フィルムで)撮れば満足というわけではなく、いい映画を見てきてきたことによるハードルがあって、そこに追いつかないといけないというプレッシャーがありました」
 
そして、「フィルムで撮ったことで、さらに(作品の)クオリティーが上がったと思ってもらわないと、先につながらないでしょうし、他の方もフィルムで撮ることができなくなってしまう」と続けた。撮影賞に輝いた今回の作品は見事にそのハードルを越えたと言えるだろう。「作品を見たいろいろな人からメールなどで連絡をもらいました」と控えめに充実感を表した。
 
2月16日から開幕する第73回ベルリン国際映画祭で公式上映される「#マンホール」も月永が撮影を担った。2023年も再び三宅監督ともタッグを組む予定があるなど、まさに引っ張りだこのカメラマン。「ケイコ 目を澄ませて」の撮影を通じて、「映画はやっぱり難しい。やってもやっても分からない、奥が深いな、と実感しました」と静かにほほ笑んだ。

ライター
木村光則

木村光則

きむら・みつのり 毎日新聞学芸部副部長。神奈川県出身。2001年、毎日新聞社入社。横浜支局、北海道報道部を経て、学芸部へ。演劇、書評、映画を担当。

カメラマン
ひとしねま

幾島健太郎

毎日新聞写真部カメラマン

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