椿の庭 c2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

椿の庭 c2020 “A Garden of Camellias” Film Partners

2021.4.15

この1本:椿の庭 人と自然、しなやかに

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)。

写真家、上田義彦の初監督作品である。四季の庭の移り変わりや木造の家のたたずまいから、人や自然への丹精な思いが満ちている。消えゆくものへの慈しみと感謝の思いが連なり、死生観が交錯する。何げない日々の営みをまばゆく照らし、人の生を淡々とあぶり出していく。

海を見下ろす高台にある古い日本家屋。絹子(富司純子)は亡くなった長女の娘の渚(シム・ウンギョン)と暮らしている。夫の四十九日法要が終わり、次女陶子(鈴木京香)は東京で一緒に暮らそうと勧めるが、絹子は家から離れるつもりはない。ある日、税理士から相続税の問題で家を手放すことを打診される。

カメラは家の中と庭からほとんど出ない。死んだ金魚を土に埋め、庭を眺め、急須からお茶を注ぎ、落ち葉を掃く。そんな生活の断面を淡々と映しつつ、絹子の生も家も椿(つばき)の花のように、ある日ポトリと消えていく。自然光にこだわった映像は陰影を際立たせ、フィルムならではのざらざら感やフォーカスをぼかした映像が、人の思いや家の中の調度品を浮き彫りにする。

風や波、木々が揺れる自然の音に加えて、きぬ擦れや戸を開ける音など人と家が生み出す音が重なり合って、生きる温かみが伝わってくる。けんそうと雑然が入り交じるこの時代に、あえて、移ろう光景と生と死のしなやかな感触を映像美の中に輝かせようとする。古き良き暮らしを味わい深く懐かしむだけでなく、それを振り切る若い世代も加えて時の流れを描いた。

凜(りん)とした美しさの中に可愛らしさをちりばめる富司、柔らかさをまとう鈴木、強い意志と純粋さを併せ持つシム。言葉というよりも、所作や仕草、一人一人が醸し出す空気感がゆるやかに溶け合う。3女優が静かな愛情とともにどこか似ていて、本当の家族のようにも思えてくるのである。2時間8分。東京・シネスイッチ銀座、大阪・テアトル梅田(23日から)ほか。(鈴)

異論あり

 どの場面も、画面の隅々にまで目が行き届き緩みがない。富司純子のたたずまいは、時間と記憶が積もった家と庭の一部のように調和している。1枚ごとの画(え)は完璧で、豊かな情感が漂う。しかしそれが、物語のうねりとなることなく消えてしまうのが残念。失われゆくものへの惜別の思いは、よく分かる。ただそれは映画の外にあって、登場人物が同じところから見つめているようなのだ。心でも肉体でも、運動を描いてこそ映画だ。哀切さも繰り返されると平板になる。均衡が崩れ破綻が生じないと、運動にはならないのだろう。(勝)

技あり

 上田監督が撮影監督も兼ね、フィルムを使ってほぼ自然光で撮った。葉山の海と空、高台の屋敷と庭の風情を生かした季節の移り変わりの描写など、ワンカットごとの画がきれいだ。訪ねてきた陶子との場面は手が込んでいた。絹子と渚、陶子が夕刻、庭に面した部屋で乾杯する。両脇に手前の部屋のふすまを入れた引き画で、3人を真ん中に収め、そこだけ明かりがともり、温かさが漂う。夜の情景を入れ、2階で陶子が絹子から指輪を贈られる。まるで形見分けだ。滅びゆくものの美しさを感じる。納得がいく仕事だったろう。(渡)