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2022.3.27
オンラインの森:ヴェルヴェット・アンダーグラウンド 1960年代のカオスを再現したドキュメンタリー
トッド・ヘインズ監督が描く伝説の異色バンド
Apple TV+は数ある動画配信サービスの中でもオリジナル作品に特化しており、〝逸品をそろえたセレクトショップ〟という印象がある。その一角を成しているのが音楽ドキュメンタリーで、すでにビリー・アイリッシュやビースティ・ボーイズのドキュメンタリー作品が配信されている。そこに「真打ち登場!」と言いたいのが、伝説のロックバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを描いた、その名も「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」(2021年)だ。
監督はトッド・ヘインズ。1970年代のグラムロックシーンを描いた「ベルベット・ゴールドマイン」(98年)や、ボブ・ディランの人生のさまざまな局面を女性を含む6人の俳優が演じ分けた「アイム・ノット・ゼア」(07年)などひとクセある音楽映画で知られており、納得の人選だと言っていい。
ロック史上でも特異な存在であるヴェルヴェット・アンダーグラウンドは、後の音楽シーンに多大な影響を残したが、商業的な成功を収めることはできなかった。ドキュメンタリー内でリーダーだったルー・リードは、「14歳の時にラジオでオンエアされた自作曲で得た印税2ドル79セントの方が、バンド活動時に稼いだ額より多かった」と皮肉を言っている。
バンド結成の中心となったのは、大学を中退してB級ポップソングを量産する会社でソングライターとして働いていたリードと、ウェールズからアメリカにやってきた筋金入りの前衛音楽家ジョン・ケイル。ニューヨークで出会った2人は互いの素地を生かし、美しいメロディーと不協和音、繊細な歌詞と轟音(ごうおん)のノイズが溶け合う唯一無二の音楽を生み出し、たちまちニューヨークのアングラシーンで注目された。呪術の儀式を思わせるモーリン・タッカーのプリミティブなドラムもバンドの強烈な個性となった。
67年にはポップアートの巨人アンディ・ウォーホルのプロデュースでデビューアルバム「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」を発表する。しかしセカンドアルバムの制作中にケイルはバンドを追われ、4枚目のリリース前にリードまで突然脱退。バンドは実質的に瓦解(がかい)してしまう。
来日コンサートで観たルー・リードのすさまじさ
筆者は90年に来日したルー・リードのコンサートを観(み)たことがある。すでにソロアーティストとしてのキャリアを積み、原点回帰と言われたパワフルなロックアルバム「ニューヨーク」が絶賛された頃だった。当初は「ニューヨーク」の収録曲しか演奏しないと言われていたが、気がつけばヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代も含む代表曲のオンパレードで、偏屈者というリードのイメージを覆した。
筆者はこの時ほどすさまじいライブを観たことがない。曲が終わる度に、演奏の密度に圧倒された観客は、息をのみ、しばらくしてハッと我に返って拍手をする。リードは反応が悪いと勘違いしたようで「日本の客はノリが悪いな」とでも思っている様子だったが、正直、歓声をあげることすらはばかられる緊張感にのまれていたのだ。
この時、モーリン・タッカーがドラムとして参加しており、また別日にはリードとジョン・ケイルがアンディ・ウォーホルを追悼するデュオコンサートを行っている。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの伝説のメンバー3人が、そろって日本にいたわけだ。
映像と音を大胆にコラージュ
さて、ドキュメンタリーに話を戻そう。トッド・ヘインズ監督は、リード、ケイル、タッカー、そしてリードギターのスターリング・モリソンらの生い立ちやバンド史を追いながら、まるで彼らの演奏とコラボするような仕掛けを試みている。時にノイジーで混沌(こんとん)とした音楽世界と一体化するように、映像と音の大胆なコラージュで再構築してみせたのだ。
60年代、アンディ・ウォーホルは自ら監督した実験映画をいくつも同時に映写しながら、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの演奏で観客を踊らせる実験的なディスコショーを開催していた。ウォーホルにとってアートと音楽と映画を融合させる試みであり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは彼の構想に不可欠な存在だった。
ヘインズ監督は、その当時のアートシーンの熱気やカオスを、この映画全体で再現しようとしているのではないか。そしてそれはもはやロックバンドのドキュメンタリーにとどまらず、時代そのものを封じ込めたタイムカプセルとして機能しているのだ。
90年代の再結成ツアーを除けば、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが実質的に活動したのは4年ほどだが、彼らがいかに偉大なバンドであり、そんな彼らもまた破壊と革新に満ちた60年代のうねりの一部であったことが、視覚と聴覚の刺激によってダイレクトに伝わってくる。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの色あせぬ先進性に恥じることのない、アグレッシブな野心作である。
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