毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.11.11
時代の目:「ヴェラは海の夢を見る」 抑圧への怒り、静かに強く
今週閉幕した東京国際映画祭の東京グランプリ受賞作。コソボの女性監督、カルトリナ・クラスニチの長編第1作だ。
手話通訳をしているヴェラの、裁判官の夫が自殺する。田舎に持て余していた家が、高速道路の建設予定地になって売れそうだと喜んだばかり。ぼうぜんとするヴェラの元に田舎の隣人が訪ねてきて「家を譲られる約束をした」と明かす。賭け事好きの夫が、生前借金のカタに家を差し出したらしい。
家庭も仕事も不自由なく暮らしていたヴェラが、突然の不幸を契機に不条理な状況に放り込まれる。家を奪われまいと闘おうとすると、あらゆる方向から抑圧と暴力が押し寄せる。夫の裏切り、コソボ紛争の過去や男性支配社会の壁、裏社会の影、ヴェラと娘の間に横たわる溝。ヴェラの境遇は、コソボとその女たちの歴史や因習と重なり、やがて抑圧された人々全ての不条理と憤りへとたどり着く。
沈んだ色調の画面で、ヴェラを演じたテウタ・アイディニ・イェゲニが印象深い。静かな、しかし怒りと決意に満ちた表情が、映画を力強く支えている。日本での公開は未定だが、映画好きの強い支持を受けそうな一作。1時間27分。(勝)