音楽映画は魂の音楽祭である。そう定義してどしどし音楽映画取りあげていきます。夏だけでない、年中無休の音楽祭、シネマ・ソニックが始まります。
2024.2.01
踊り出せ! 笑い出せ! 「ストップ・メイキング・センス」が現代に問いかけること
最高級エンターテインメント
トーキング・ヘッズのライブドキュメント映画「ストップ・メイキング・センス4Kレストア」が公開された。この映画は、1983年、アメリカのハリウッド・パンテージ・シアターで行われた伝説のステージ「スピーキング・イン・タングズ」のライブを収めたもの。監督は、映画「羊たちの沈黙」のジョナサン・デミ。
このライブ映画の再上映を決めたのは、エッジな映画を配給することで知られるA24だ。ツアー40周年を記念して劇場公開しようとしたものの、ポジフィルムの所在が分からず、探し出すのに数カ月かかったという。長年お蔵入りになっていたフィルムのカラーは4Kにグレードアップされ、音声はメンバーのジェリー・ハリスンの手で修復された。
収録から40年の時を経て完全リマスター版になったこのドキュメント映画は、今〝 最高級エンターテインメント〟と称賛されている。それはこの映画が鮮明でリアルな映像の4Kだから、だけではない。トーキング・ヘッズのサウンドとパフォーマンスがエキセントリックで、70年代・80年代に衝撃を与えたように、今の時代にとんでもない刺激と興奮をもたらすからだ。
〝 頭でっかちのインテリのアートロック〟
ボーカルのデビッド・バーン、ドラムのクリス・フランツ、ベースのティナ・ウェイマスの3人は、アメリカ屈指の美術大学ロードアイランド・スクール・オブ・デザインの出身。在学中に「ジ・アーティスティック」というバンドを組み、スモーキー・ロビンソンやミラクルズ、ベルベッド・アンダーグラウンドなどをカバーしていた。しばらくしてニューヨーク(NY)に移り住み、「トーキング・ヘッズ」に改名し、75年にパティ・スミスやラモーンズ、ブロンディなどを輩出したパンクの聖地CBGBでデビューする。
翌年、ハーバード大学でバンド活動をしていたギターのジュリー・ハリスンを迎えて4人組になり、77年アルバム「TALKING HEADS77」を発表。77年といえば、ロンドンからはセックス・ピストルズやクラッシュ、ピーター・ガブリエルやエルビス・コステロが登場し、NYからラモーンズがメインストリームに躍り出て、音楽シーンが一気に活気づいた年だ。トーキング・ヘッズの緊張感みなぎるアート性の高さは、〝 頭でっかちのインテリのアートロック〟と揶揄(やゆ)されながらも、評論家たちから評価され、NYのニューウエーブの先駆者として知名度を得る。さらに翌年、ブライアン・イーノがプロデュースしたセカンドアルバム「More Songs」が大ヒット。これを皮切りに、トーキング・ヘッズは一気にその名を世界にとどろかせた。
僕たちの世代に語りかけるものを作る
彼らは、結成当時からアートパフォーマンスを大切にし、これまでのロックにはないオルタナティブなスタイルを求めていた。デビッド・バーンはあるインタビューでこう語っている。
「僕の周りの人たちは、ポーズや服装、ギターのスタイルに前時代のものを取り入れていた。それはその人たちのもので、その世代のものだ。僕たちは、僕たちの世代に語りかけるものを作るために、以前のものを全て捨て去り、取り入れないように注意した」
そこで生まれたのが、バーン独特の痙攣(けいれん)パフォーマンスや日本の能の衣装からインスピレーションを得たという肩幅が2倍ほどあるビッグスーツだ。彼の滑稽(こっけい)な痙攣ダンスは、ちょっと混乱してひねくれた都会的な神経症を思わせる。
走り、よろめき、痙攣し、汗だく
当初シンプルだった彼らのサウンドは年々ダイナミックになった。この映像が収録された83年には黒人のギタリストとパーカッションとコーラスを迎えて8人編成になり、アフロサウンドやカリビアンリズムを取り入れたステージを展開するようになる。
映画のオープニングで、デビッド・バーンが一人でステージに現れてヒット曲「サイコキラー」を演奏する。次にベース、次はドラムといったように、徐々にメンバーが登場して演奏に加わっていく。
全員がそろうと、デビッド・バーンは歌い、絶叫し、跳びはね、よろめく。派手に痙攣したかと思うとステージをぐるぐると走りまわる。ティナも跳ねながらベースを弾く。メンバー全員、いっときも休むことなく跳ねて踊り続ける。その躍動感たるやすさまじい。走り、よろめき、痙攣し、汗だくになりながらも息を切らすことがないデビッド・バーンの歌唱力も圧巻だ。しかも、腰を左右に動かすたびにゆらゆら揺れるビッグスーツがシュールで、操り人形を見ているようで面白い。
全身から〝 力み〟が抜けている
アフロサウンドやカリビアンのリズムを取り入れるとベタなファンクになりそうなものだけれど、甲高い声で叫ぶ鋭い歌唱法と跳ね続けるリズムによって、トーキング・ヘッズは、過去どこにもない、おそらくこれからも出てこないだろう、先鋭的な独自のサウンドを作り出した。
ティナは言う。
「他のロックバンドと同じになりたくなかった。自分たちに適した場所にいたかった。巨大なグループと競争する気はなかったし、自分たちらしくありたかった」
この言葉通り、彼らには気負いもないし、スター気取りもない。何より、全身から〝 力み〟が抜けている。
このドキュメントフィルムには、インタビューはない。生のライブ会場のような臨場感でひたすらイキの良い彼らのサウンドを浴びるのみだ。
40年後の現代人に問いかけ、語りかけてくる
「ストップ・メイキング・センス4Kレストア」に収められた彼らのパフォーマンスは、とっぴでポップ。伸び伸びした彼らの奇抜なパフォーマンスに刺激されて、見ているこちらも元気になる。そして、デビッド・バーンの軟体動物みたいなふにゃふにゃした動きが、コンピュターに管理され、監視された現代のストレスや窮屈さを和らげてくれもする。
まるで、彼らのサウンドは、40年後の現代人にこう問いかけ、語りかけてくるようだ。
「息苦しくはない?」「意味など考えずに、さあ、楽しんで!」と。