毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.5.06
時代の目:「アメリカン・ユートピア」 多様性と可能性、ライブで
アンプもスピーカーもない空っぽの舞台。そこに哲学者のような風情の男が、人間の脳の模型を手に現れる。そんな奇妙な光景に目を奪われる本作は、元トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンがコロナ禍直前にブロードウェーで開いたコンサートの記録映画。とてつもなく型破りで刺激的、驚きに満ちたショーの幕開きだ。
アルバム「アメリカン・ユートピア」とトーキング・ヘッズ時代の曲からなるステージは、無国籍な音楽の楽しさのみならず、視覚的な美とスリルにあふれている。ワイヤレスの楽器を携えたミュージシャンとダンサーは、持ち場に束縛されず縦横無尽に動き回る。アフリカや中南米系など見た目はバラバラの総勢11人がグレーのスーツをまとい、バーンと一体化して躍動する様は、まさに多様性の調和と言うべきか。
今の米国では悲劇的な事件が相次ぐが、バーンは幕あいに人間の可能性をユーモアたっぷりに聴衆へ語りかける。ジャンルも国境も超える驚異のパフォーマンスで、まだ見ぬユートピアを体現した。スパイク・リー監督とのタッグで実現したライブ映画の傑作だ。1時間47分。東京・TOHOシネマズ日本橋、大阪・TOHOシネマズなんばほかで近く公開。(諭)