毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.12.23
この1本:「エッシャー通りの赤いポスト」 カオスの中に夢と情熱
しっちゃかめっちゃかな作品かと思っていたら、エンドロールを見るころには心が震えていた。通り一遍の〝感動作〟なんていう気は毛頭ない。映画への熱い思いはもとより、人を見る目の優しさにあふれているから。ダメな人や一歩が踏み出せない人、弱者への園子温監督流のエールを隅々から感じたのだ。見応えある作品が多かった今年の日本映画界の末尾を飾るにふさわしいお薦めの1本である。
ある街で小林正監督の新作「仮面」の出演者オーディションが行われる。レズビアンギャングという女劇団員、小林監督の親衛隊、俳優志望の夫を亡くした若き未亡人らが監督やプロデューサーの前で演じ、語る。小林監督は映画仲間の元恋人の助けもあり、新人俳優の才能発掘にまい進するが、エグゼクティブプロデューサーからプロの俳優起用を強いられる。
オーディション会場に集まる人たちをユーモアたっぷりに描き、エキストラの誇りと哀愁、プロデューサーやスタッフらの習性を笑い飛ばす。「初心に戻りたい」という小林監督の言葉に、園監督の内心が重なる。不満や諦めがあっても映画に食らいついていこうとする人々の群像劇。とりわけ、オーディションに夢や生きる希望をかけた人たちのピュアな気持ちにフォーカスし、目の前の壁に挑む姿をいきいきと映し出した。
大病から復帰した園監督が、人間の業と欲、エログロの側面を封印。自らの出自であるインディーズ映画に回帰し、その生態と魅力を解放して作り上げた。粗削りで端正とはほど遠いが、失敗しても抑え込まれても決して諦めない人間くさいエネルギーとどんな人をも覆い尽くす愛情が充満し、見ているうちに活気がみなぎってくる。「もっと自由に」「人生に立ち向かえ」というラストの言葉がシンプルに胸を突く。2時間26分。25日から、東京・ユーロスペース、大阪・第七芸術劇場ほか。(鈴)
ここに注目
映画が折り返し地点を過ぎても新しい登場人物が次々と出てきて、視点や時制がめまぐるしく変わる。往年のロバート・アルトマン作品のように、特定の主人公が存在せず、逸脱や反復がごちゃ混ぜになった多面的なメタ構造が、エッシャーのだまし絵のように思えてくる。
つかみどころのない展開にダレを感じたのは事実だが、終盤40分のカオスには目を見張った。そんたくと妥協まみれの社会への反抗か、はたまた鬱屈した自己の解放か。名もなきエキストラたちの絶叫に、理屈を超えた情熱がみなぎっている。(諭)
技あり
園監督が、ワークショップで選抜した51人に演技を教え、映画も作る。はじけた小林がロケ現場から脱出する場面だけでも、鈴木雅也撮影監督は大変な力業を強いられた。小林の元恋人方子は、紹介カットから変わっていた。街灯に照らされた「エッシャー通り」の道標、そばには赤いポストと道具立てがそろったレンガ塀の上で、コンビニ帰りの小林を待つ。オーディション会場ではタレントをからかい、間仕切りの上から手を広げて見ている。現実かファンタジーか分からないのも面白い。雨中の芝居や雲の情景もきれいで、地力を見せた。(渡)