「毎日21世紀フォーラム」で講演する河瀬直美監督=2022年8月22日、梅田麻衣子撮影

「毎日21世紀フォーラム」で講演する河瀬直美監督=2022年8月22日、梅田麻衣子撮影

2022.9.26

ホームの奈良から世界に発信 毎日21世紀フォーラムで河瀬直美監督講演

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ひとしねま

ひとシネマ編集部

異業種交流組織「毎日21世紀フォーラム」の第214回例会が8月22日、大阪市北区の帝国ホテル大阪で開かれた。「殯(もがり)の森」(2007年)でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞するなど世界的に活躍している映画監督の河瀬直美さんが「奈良で映画を撮ること、そして大阪・関西万博」と題して講演。生まれ育った奈良を拠点に活動している理由や9月17~24日に開かれた「なら国際映画祭」開催の背景を明かし、25年大阪・関西万博で担当するパビリオン「森の中の映画館」の構想について語った。


日本に誇り持つ表現者に活躍の場を

高校時代、奈良県代表のバスケットボール選手として沖縄国体に出場した時、最後の試合で涙が止まりませんでした。負けているからではなく、一秒一秒時間が過ぎていくことに切なさというか、えも言われぬ感情があったからです。「表現」の道へ進もうと思った時に映画が舞い降りてきたのは、コート上で味わった二度と来ない瞬間を、映画なら巻き戻して共有できるということがあったのだと思います。

カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞した「萌(もえ)の朱雀」(1997年)の授賞式で、プレゼンターのビム・ベンダースさん(独映画監督)から「2作目は気をつけるように」と忠告され、カンヌに推してくれたディレクターからも「明日からは表現者としてゼロに戻るべきだ」と言われました。でも、取材攻勢などで何をしているのか分からなくなりました。東京での仕事が増え、拠点を移そうかとも思いましたが、創る意欲は受賞前のほうがたくさん湧いていたし、与えられる仕事は大きくなったけれど何かに誘導されているような感覚があった。そこで、やっぱり「ホーム」の奈良に戻ろうと思ったのです。

幸運にもインターネットが発達し、東京を通さなくても直接スタッフとコミュニケーションを取れ、編集も遠隔で一緒にできるようになっていきました。表現者はむしろ情報に翻弄(ほんろう)される都市部より、自分の環境をしっかり見つめられる場所のほうが適していると実感できました。

「殯の森」のカンヌ映画祭グランプリ受賞を契機に10年から開催している「なら国際映画祭」は今年で7回目。世界中のインディペンデントの監督たちが作品を発表する場でもあります。カンヌは新人監督を後押ししており、日本の、しかも奈良で活動している河瀬直美を見つけてくれました。私も誰かに突き動かされて日本の素晴らしい精神性を映画で表現しているわけですが、日本に誇りを持つ若い表現者たちの活動の場を奈良で作りたいと思いました。


地元が舞台の映画8作 撮影地ネットワーク結成

マルセイユの映画祭に行った時、アテンドしてくれた学生にボランティアをしている理由を聞いたら「このまちが好きだから」と言うんですね。周りには「日本はだめ」「奈良で何ができるの」と言って、海外、都市部に出て行く人が少なくありません。そうではなくて「ここってすごいよね」と言って、宝物を探す入り口が文化だったり、映画だったりすればいいんじゃないか。そんな思いもありました。創りながらの映画祭運営は大変ですが、バスケで鍛えた根性があるし、負けず嫌いなので。養父の「人間、やってデキヘンことはない」という言葉がいつも守ってくれています。

グランプリに輝いた監督には、奈良県内を舞台にした映画を撮ってもらっており、今年で歴代8作品がそろいました。最初は「それって何になるの」と言われましたが、やってみるとすごいことが起きるんです。自治体へあいさつに行き、小道具や大道具は地域で眠っているものを使ったり、空き家に泊めてもらったり。そのうち、みんなが自分の映画みたいな感覚になっていく。作品を見て、地域がこんなに奇麗で住人がすてきなことに気付き、自分たちが輝き始めてまちが活気づくんです。昨年、撮影した八つの市と村でNARAtive(ナラティブ)撮影地ネットワーク協議会を結成。作品を公開する活動を展開していきたいと思っています。



大阪万博「対話シアター」映画の概念超える挑戦

テーマ事業プロデューサーとシニアアドバイザーを務めている大阪・関西万博で、私は「いのちを守る」をテーマにしたパビリオンを担当しています。会場の中心部にできる「静けさの森」の隣に、森の中にひっそりと佇(たたず)んでいる、誰しもの記憶に存在する懐かしい映画館のような「対話シアター」をつくります。「対話」によってお互いが「わたし」の中の「あなた」、「あなた」の中の「わたし」を想像し、人類が何と共存していくのか考え、思いをシェアする場所と位置付けています。

館内では、誰かが壇上に立って、スクリーンの向こう側にいる人と対話します。映画のスクリーンの向こう側とこちら側は一方通行ですが、それを越えていきたい。リアルかフィクションか判然としないような、新しい体験になればと思います。その上で何が起こるか分からない、観客を巻き込んだ、映画の概念を超えるようなチャレンジをやってみたいんです。

関東ではまだ「万博やるのか」という感じ。もっと関西が頑張らねば。関西はヨーロッパのように多様で、大阪と京都が全然違うようにいろんな文化を内包している。幸いバーチャル万博としてオンラインで入れるシステムも構築されています。大阪・関西万博でやったことが次へつながるよう、今こそ連携して世界に発信していきましょう。

河瀬直美(かわせ・なおみ)

奈良県生まれ。一貫したリアリティーの追求による作品創りは国内外で高い評価を受けている。最新作「東京2020オリンピック」公式映画では総監督を務めた。エグゼクティブ・ディレクターとして次世代の育成に力を入れる「なら国際映画祭」は2022年で第7回。

ライター
ひとしねま

ひとシネマ編集部

ひとシネマ編集部

カメラマン
ひとしねま

梅田麻衣子

毎日新聞写真部カメラマン