「セイント・フランシス」© 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

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2022.8.19

この1本:「セイント・フランシス」 揺らぐ体、孤独と連帯

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

女性の体の揺らぎとそれに伴う心の動きを、これほどまでにリアルに描いた映画は珍しいのではないか。主人公のブリジットを演じているケリー・オサリバンは、自らの経験を基にして脚本を執筆したのだという。

大学を1年で中退して、今はレストランのウエートレスとして働いている34歳のブリジット。SNSから垣間見える友人たちの暮らしは輝いているようで、置いてけぼりにされた気持ちを持て余している。ある日、第2子の出産を控えたマヤ(チャリン・アルバレス)と仕事を休めないアニー(リリー・モジェク)のレズビアンカップルに依頼され、夏の期間限定で6歳のフランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)の子守をすることに。そんな中、真剣に交際をしているわけではない年下のボーイフレンド、ジェイス(マックス・リプシッツ)との子供を妊娠。迷うことなく中絶を選択する。

突然の生理でベッドが汚れてしまうこと、日本ではまだ承認されていない経口中絶薬による堕胎のプロセスや産後うつ。あからさまに語られることが少なかった題材だが、オサリバンは笑いを交えた語り口で、痛みも含めた〝当たり前〟をすくいとっていく。深刻ぶらないユーモアのセンスは、間違いなく彼女のオリジナリティーだろう。尿もれについて話しながら連帯していく彼女たちを見ていると、笑いながら涙が出てくる。

フランシスはブリジットに「彼氏はいる?」「彼女は?」と聞き、出血が続く彼女に月経カップを勧めもする、多様性の時代を生きる小さな賢者だ。ブリジットをほんの少し先へと進ませる、年齢も肌の色も超えて手を携えたかけがえのない瞬間。出会いと別れが夏の光の中で輝いている。監督を務めたのはオサリバンのパートナーでもあるアレックス・トンプソン。1時間41分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(細)

異論あり

月経や中絶、出産、その際女性の体に起こることをここまで具体的に描いた映画は見たことがない。血が何度登場することか。それを「リアル」「先駆的」と評価する声もあるようだが、私は同じ女ながら若干抵抗があった。ブリジットの生活も仕事ぶりも男性関係も、すべてがあまりにもだらしなく、そんな彼女の心身に寄り添う気持ちになれなかったせいかもしれない。でも、女性特有の心や体の不具合は女同士でも話題にしにくく、〝クソ孤独〟に苦しんでいる女性がいることはわかる。そんな人たちをきっと少し楽にしてくれる。(久)

技あり

ネイト・ハートセラーズ撮影監督は明快な調子で撮るが、時々レンズの選択で効果を狙う。ブリジットがフランシスを初めて公園に連れて行く。フランシスは「ここは治安がいいよ」と走り出し、角を曲がるとすぐに「疲れちゃった」とおんぶをおねだり。先が思いやられる。リュックサックを胸にかけ、フランシスをおんぶして歩くブリジットを正面から撮る時の、望遠レンズが面白い。きらめく空から下へカメラを振ると、芝と樹木の緑の間からせり上がるように、ブリジットが髪から見えてくる。情けなさもある情景カットになった。(渡)