Strangerと岡本忠征さん

Strangerと岡本忠征さん

2022.10.04

東側に気をつけろ!

毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。

勝田友巳

勝田友巳

自宅から自転車で10分ほど、地下鉄都営新宿線菊川駅そばに、気になる映画館ができた。その名も「Stranger」。

ファストフード店や居酒屋が並ぶ幹線道路の三ツ目通り沿い、おしゃれな外観、居心地良さげなカフェもある。開館特集は先ごろ亡くなったジャンリュック・ゴダール監督、しかも「勝手に逃げろ/人生」「パッション」など6本は1980~90年代に発表され、DVDや配信でもなかなか見られないレア物ぞろい。

Strangerホームページはこちら。

49席と小さいながら、高さ4㍍の大きなスクリーンと、高性能の音響設備も備えている。のぞいてみた休日の上映は若い観客が目立ち、ほぼ満席だった。何だか場違いというか異質というか、一体なぜここに?

「新しい映画館カルチャーを発信したいんです」と、この映画館を作った岡村忠征さん。デザイン会社の経営者で映画館運営は全くの素人だが、元々はシネフィルの映画志望青年だった。

広島から20歳で上京し、その足でカプセルホテルに泊まり「仕事はないか」と東京都内のミニシアターを回ったという。劇場、映画祭、配給会社で働き、映画学校に通って撮影現場も走り回ったが、思うところあってデザイン業界に転身、20年を過ごした。

40代も半ばになって「好きな映画で、何かやり遂げたい」と一念発起。小さな映画館ならと思いついたのが昨年11月、映画関係者に話を聞き回り、配給業務のイロハを学び、近年若者が注目する東京東部に目を付けて廃業したパチンコ店を改装、1年足らずで開館にこぎ着けた。

「『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』とかしこまって接客する従来の映画館は『ミュージアム型』。これからは、お客さんとスタッフが同好の仲間みたいな関係性でコミュニケーションを取る『ギャラリー型』でいい」

働くスタッフも一家言持った映画好き、併設のカフェは映画を見なくても立ち寄れる空間を目指した。「レコードショップや古着屋で、店員とお客さんが情報交換する感覚で」

当面の経営は「どう考えても赤字」とシビアだが「ブランド化して、電車に乗ってわざわざ訪ねる映画館に。アートについて語り合うイベントなど、多様な映画体験を提供したい」と夢は膨らむ。

東京では7月に岩波ホール、11月にギンレイホールと閉館が続く中での、個性的映画館の誕生。コロナ禍で、配信普及による映画の個室化が進んだ一方で、暗い場所で知らない人と同じものを見る映画館体験の特別感も再認識された。

ゴダールの後はクローネンバーグ親子の作品と、渋い品ぞろえ。東京西側に偏在しているミニシアターだが、今後は東側も注目を。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。