「草の響き」

「草の響き」© 2021 HAKODATE CINEMA IRIS

2021.10.07

特選掘り出し!:「草の響き」 函館の叙景、黙々と走って

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

「きみの鳥はうたえる」などの原作者、佐藤泰志の小説の5度目となる映画化。心のバランスを崩して妻純子(奈緒)と一緒に函館に帰郷した和雄(東出昌大)は、医師の勧めで治療のために街を走り始める。毎日走り続ける中で、徐々に心の平穏を取り戻していく。純子は慣れない土地で和雄に寄り添って支えようとする。

走ることは作品に躍動感を与えたり、感情の発露の一つとして表現されたりしがちだ。しかし、本作では黙々と繰り返すことで内面の落ち着きを少しずつ積み重ねていく。草の土手や海辺、住宅街の風景が安心感と人の営みを醸し出す。函館の街がこれほど物語にしっくりくるのは、原作(者)との親和性ということだろう。引きの映像を多用して観客と微妙な距離感を作り、人物もひっくるめて街の風景の一つとして映す演出も効果的だ。和雄の旧友(大東駿介)も含めそれぞれの内面を淡々とつかみ取り、深刻さを前面に出さずに、むしろそれでも生きていくという人の姿を薄皮で包み込んだような作品。東出の弱々しい逼迫(ひっぱく)感、奈緒のラスト近くの繊細な表情に夫婦の心もとなさがあふれ出ている。斎藤久志監督。1時間56分。東京・新宿武蔵野館、大阪・テアトル梅田ほか。

この記事の写真を見る

  • 「草の響き」
さらに写真を見る(合計1枚)