「ダウントン・アビー」シリーズの脚本家、ジュリアン・フェローズ

「ダウントン・アビー」シリーズの脚本家、ジュリアン・フェローズ

2022.9.29

インタビュー:「ダウントン・アビー」の魅力は階級問わず良き人たちがベストを尽くすこと ジュリアン・フェローズ

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勝田友巳

勝田友巳

 
「ダウントン・アビー 新たなる時代へ」は、英国の貴族社会を描いた長寿シリーズの映画版最新作。舞台は1928年。先ごろ逝去したエリザベス2世が生まれた2年後だ。英国貴族社会の伝統に生きるクローリー家のおなじみの面々が、20世紀の文明と出合って右往左往する。シリーズ開始から脚本を担当するジュリアン・フェローズは「祖父の体験を盛り込みました」と語る。ファミリーヒストリーを交えて紡いだ物語だ。
 


撮影隊と共に20世紀がやってきた

ヨークシャーのダウントン村にあるクローリー家のお屋敷は、見かけは壮麗でも老朽化して、屋根裏は雨漏りする有り様。一家の長女メアリーが修繕費に頭を悩ませていると、映画のロケ撮影の話が持ち込まれる。メアリーは、背に腹は代えられぬと父ロバートの反対を押し切って撮影隊を受け入れた。映画スターに会えると使用人たちは大喜びするが、やってきた主演女優のマーナは横柄な態度で、みんながっかり……。
 
28年という時代設定は、2010年に始まった第1シーズンからの時間経過に合わせたから。最初は1912年の設定で、以来「実際の時間の流れに合わせて、のんびりと物語をつづってきました」とフェローズ。シリーズ開始からとほぼ同じ年月が、ダウントンにも流れたことになる。「俳優たちも、役の人物と同じだけ年を取っています。20世紀が、とうとうダウントンにもやって来たんです」
 
映画撮影を素材にしたのは、自身の祖父がこの当時、助監督として映画界にいたことが理由の一つ。映画界では27年、米国製トーキー映画「ジャズ・シンガー」が大ヒットして、トーキーの波が押し寄せた。29年には英国でヒチコック監督の「ゆすり」がトーキーで公開されて人気を得る。フェローズの祖父が、「ゆすり」で助監督だったという。「『ゆすり』はサイレントとして撮影が始まったのに、『ジャズ・シンガー』のおかげで途中からトーキーに切り替わった。祖父が話していたその逸話を、盛り込みました」


「ダウントン・アビー 新たなる時代へ」© 2022 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

トーキー化に右往左往 祖父の実体験盛り込む

ダウントンで撮影される映画も、途中でトーキーに切り替わる。しかしマーナは下町なまりのせいで使い物にならず、メアリーが声の吹き替えを任された。一方で、自信喪失した庶民階級出身のマーナと屋敷の使用人たちが心を通わせる。「ダウントンの貴族と使用人と、両方がかかわる話を考えました」。「雨に唄えば」でも描かれたトーキー撮影のドタバタぶりが、笑いを誘う。「なまりのせいで女優の声を吹き替えたというのも、実際にあった話ですよ」
 
映画は、ロバートの母バイオレットがフランスの侯爵の遺言でリビエラの別荘を相続するエピソードが並行し、クローリー家の世代交代も描かれる。シリーズはドラマで6シーズンが作られ、映画も2作目。フェローズの代表作となった。
 
「これだけ長い付き合いになると、なんだか非現実的ですね。俳優たちの成長も目の当たりにしてきました」。例えば次女のイーディスを演じるローラ・カーマイケルは、シーズン1で俳優デビューした。「それ以前は病院かどこかの受付で働いていたんです。いわば待合室からダウントンに来て、スターになりました。結婚したり子供ができたりした人もいるし、不思議な気分です」


 

脳みその中が現実になっていく

自身が創りだした一族が、歴史を紡ぎ世界中で愛されているのも奇妙な感覚だという。「誰かが去ってしまったり老いて死んでいったりするのも、私の脳みその中で起きていること。それがあたかも現実のように、映像になっている。ニューヨークでもパリでも、視聴者が泣き、笑い、『幸せにしてあげて』と頼まれる。魔法のじゅうたんで空を飛ぶような体験です」
 
これだけ愛される理由は、どこにあるのだろう。フェローズは「社会的な視点と時代性」を挙げる。
 
「1960年代以前の英国社会は、今よりずっと規範意識が厳密だった。時代の変化の中にも〝正しい〟身だしなみや行儀作法が残っていました。帽子や手袋の決まり事を守っていたんです。それが今は、ルールは自分で作るランダムな時代。何をどうすべきか分かっていたころの安心感が、ダウントンにはあるのでは」
 
そして21世紀という新時代。「英国の階級社会を描いた作品は、過去にもありました。1950年代には、上流階級は寛大でチャーミングだったし、使用人はコメディータッチ。90年代になると、貴族の一家は冷酷で鼻持ちならず、使用人は被害者でした。でも『ダウントン・アビー』に登場するのは、階級にかかわらず上品でおかしくて、まっとうな人たちばかりです。彼らがベストを尽くそうとする。そこが強くアピールしたんだと思います」


 

ディテールこそリアリティーの要

かくしてキャラクターとの親近感が生まれる。「登場人物が観客と同じような人生を歩んでいなければ、感情移入はできないものだと言われることがありました。設定は多くの観客と同じ、労働者階級でなければならないと。でも、それはナンセンスだと思います。要はディテールが正しく描かれているか、なんです」
 
「1860年代の物語で登場人物が現代的なふるまいをしていたら、観客の関心は薄れてしまいます。逆に、私はインドのことを全然知らないけれど『モンスーン・ウェディング』には真実味を感じました」。「モンスーン・ウェディング」(01年)は、インドの地方の伝統的な結婚式をめぐる人間模様を描いたインド映画。
 
「ディテールが作品に艶を与え、リアルに感じさせるのでしょう。『ダウントン・アビー』でもそこをとても意識しています」。この時代に小道具の皿が存在していたか、ベルトのバックルは流行に合っているか……。「時には気が狂うぐらいにね(笑い)」
 
「本質的にはお仕事ドラマですが、異なる階級の異なる背景を持った人物を描くことで、観客はその誰かに自分を投影できる。違う人生を歩んでいても、同じように問題を抱えていると感じてもらえるんです」


 

この作品で語り継がれるのは本望

フェローズは2001年、ロバート・アルトマン監督の「ゴスフォード・パーク」で貴族と使用人の群像劇を手がけ、米アカデミー賞脚本賞を受賞した。「ダウントン・アビー」もそのドラマ版として企画が始まったという。
 
「『ゴスフォード・パーク』は怒りに満ちた暗いトーンで、妥協を重ねる物語でした。いい映画になりましたが、あれをもう一度、しかも毎週見たいとは思わないでしょう。『ダウントン・アビー』は安心して見られるソープオペラ。疲れた週末に足をソファに乗せて、ワインを手に楽しんでもらうつもりなんです」
 
これほど成功するとは、予想もしなかったと振り返る。「わたしは脚本家としても俳優としても、賞を受けたしいろいろな作品にかかわっています。けれど私が死んだあと、皆さんが覚えているのは『ダウントン・アビー』でしょうね。それでいいと思っているんですよ」
 
ダウントン・アビー 新たなる時代へ DOWNTON ABBEY: A NEW ERA
監督 サイモン・カーティス Simon Curtis
脚本 ジュリアン・フェローズ Julian Fellowes
出演 イメルダ・スタウントンImelda Staunton ミシェル・ドッカリーMichelle Dockery ローラ・カーマイケルLaura Carmichael ヒュー・ボネビルHugh Bonneville マギー・スミスMaggie Smith ナタリー・バイNathalie Baye
 
1928年、老朽化した屋敷の修繕費をまかなうため、クローリー家は屋敷を映画のロケ地として提供する。折しもトーキー化の波が押し寄せて、映画の撮影は途中からトーキーに切り替わった。一方バイオレットは、フランスの侯爵からリビエラの別荘を遺贈される。映画撮影を巡る騒動の中、若き日のバイオレットのロマンスが明らかになっていく。
 
https://downton-abbey-movie.jp/
 

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。