第76回毎日映画コンクール撮影賞 笠松則通「すばらしき世界」

第76回毎日映画コンクール撮影賞 笠松則通「すばらしき世界」

2022.2.28

撮影賞 笠松則通「すばらしき世界」 キャリア40年2度目の受賞

日本映画大賞に「ドライブ・マイ・カー」

男優主演賞 佐藤健「護られなかった者たちへ」
女優主演賞 尾野真千子「茜色に焼かれる」


第76回毎日映画コンクールの受賞作・受賞者が決まりました。2021年を代表する顔ぶれが並んでいます。受賞者インタビューを順次掲載。
1946年、日本映画復興を期して始まった映画賞。作品、俳優、スタッフ、ドキュメンタリー、アニメーションの各部門で、すぐれた作品と映画人を顕彰しています。

ひとしねま

ひとシネマ編集部

こんなにいい現場はなかったです


キャリア40年のベテランカメラマン、笠松則通。「すばらしき世界」で初めて西川美和監督と組み、2度目の毎日映画コンクール撮影賞を受賞した。「50本以上撮ってきたけど、こんないい現場なかったですね。ホントに楽しい、終わってほしくないっていうぐらい」。西川も「もう何本かご一緒したい」とラブコール。新たな名コンビが誕生しそうだ。
 

的確なコンテ、カットに無駄なく 芝居をちゃんと撮る

出会いのきっかけは、「悪人」「許されざる者」で笠松と組んだ李相日監督だった。西川に「合うと思うよ」と推したという。西川にとっては「憧れのカメラマン」で、背中を押されて声をかけた。笠松は「最初から肌が合いました」と相性はぴったり。「的確なコンテがあって、無駄なカットは撮らない。丁寧に説明してくれるし、芝居をちゃんと撮りたいという考えでストレスなくできました」
 
「すばらしき世界」は、刑務所から出所した元殺人犯がまっとうに生きようとする話だから、派手なアクションや大自然の絶景があるわけではなく、画(え)はむしろ地味。役所広司が演じた、地に足の着いた生活を送ろうとする男を丁寧に写し取る。選考会では、ドラマの合間に挿入された実景映像の美しさと効果が話題となった。焦点がボケてにじんだ光や、スカイツリーなど下町の情景が挿入される。「光のボケた映像は、監督の指示があって。お芝居の撮影の後で、同じ場所で撮ったのがほとんどですね。抽象的な画がほしかったのかな。今の日本の撮影で、実景のためにカメラを出せるのは少なくなりました」。さりげなく、映画のリズムと雰囲気を作り出した。


©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

ボケ味生かした光に心情にじませ 

映画の終盤、夜の路上で、仕事帰りの三上(役所)の携帯電話に元妻から突然、電話がかかる。元妻と三上の会話は、画面いっぱいに泡のように漂う、赤や黄色の丸い光の映像に重ねられている。画面が変わって三上の姿を映すと、その背景にも赤や黄色のにじんだ光の輪が見える。懐かしい声を聞き、柔らかく溶けていく三上の心を思わせる情景だ。
「ボケ味は監督からの要望でした。オフでセリフを流しながら風景を見せたいと言われたんですね。電話しながら役所さんが歩いてくるショットにも、背景に同じようなボケた明かりが入っていた。望遠レンズで撮ってるんで、役所さんの動きにつれて光がだんだん大きくなっていく。現場ではお芝居を見てたから背景がどうなってるかまで意識してなかった。つながった映像では風景と芝居が一体化してた。うまく生かされたなと思いましたね」。監督の意図とカメラマンの腕が一致して、映画の白眉(はくび)となった。
 
こんな工夫もあった。夜の東京の高い空を、東京タワーからカメラが引いて、レインボーブリッジを越えていく。「小さいヘリコプターで、パイロットと監督とオレしか乗れず、オペレーターも自分でやりました。あの映像、実は逆回転なんです。カメラは機体の前に付いていて、東京タワーから引いてレインボーブリッジを越えるには、ヘリが逆に飛ばなきゃいけない。だからレインボーブリッジの方から旋回して東京タワーに寄ってもらい、逆回転で使いました」
 
「演技をちゃんと撮るのが基本」と言う。役所広司とは伊丹十三監督の「タンポポ」で、田村正毅の助手として参加して以来。カメラマンとしては初めてだった。「役所さんは、カメラのことが分かってるんだろうね。撮りやすかった。動きにムリがないし、テストや本番で毎回一緒。カメラが付いていきやすい。例えば立ち上がる時、カメラは縦の動きに弱いから、動きをフォローすると不自然に早くなる。こっちが『ゆっくり』と言わないといけない人もいるし、言うと不自然になっちゃう人もいる。役所さんは、自然に立ち上がって動ける」
 


ファインダーのぞきながら涙ぐむこともある

一方で、見せないことで効果を生むこともある。三上が、彼を取材するドキュメンタリー監督の津乃田(仲野太賀)と風呂に入るところ。津乃田が三上の背中を流しながらしみじみと「もう元に戻んないでくださいね」と語りかける。三上の肩越しに津乃田の表情を捉え、うなずく三上の表情は見せない。「現場では、役所さんの顔も見せた方がいいんじゃないかという意見もあったけど、監督に迷いはなかったね。オレも顔は見せなくてもいいと思った。役所さんは背中でうなずくだけなんだけど、そのうなずき方もいい」
 
日本大芸術学部時代から、同窓の石井聰亙監督の学生映画で撮影を担当。田村や鈴木達夫の助手を経て一本立ち。石井作品の美術助手だった阪本順治監督の「どついたるねん」で一本立ち。以来、阪本監督と20本近く組み、インディペンデントからメジャーまで広く手がける。「ちゃんと表情を撮ろうとしてるけど、気持ちの入ったお芝居だとね、ファインダーのぞいてて泣いちゃう時もありますよ、涙でピントがよく分かんなくなったりとか。この映画だけじゃなくてね。そういう、涙もろいとこありますから」という人情家でもある。

すばらしき世界

元ヤクザで殺人罪で服役していた三上正夫(役所広司)が出所する。「6犯10入」、人生の大半を刑務所で過ごした三上は今度こそ更生を誓う。生き別れの母親を探したいと、三上は自分の経歴を描きためた「身分帳」をテレビ局に送り、目を留めたプロデューサーが作家志望の青年、津乃田(仲野太賀)に取材を依頼する。三上は世間の冷たい風当たりに苦労しながら、身元引受人の弁護士やスーパー店長、社会福祉事務所の職員らに支えられてまっとうに生きようと格闘する。佐木隆三のノンフィクション「身分帳」を元に映画化。

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

ライター
ひとしねま

ひとシネマ編集部

ひとシネマ編集部

カメラマン
藤田明弓

藤田明弓

ふじた・あゆみ 1987年生まれ、フリーカメラマン。オリンパスペン・ハーフを使い、ライブやサブカルチャーを撮影。人物撮影を主に雑誌やテレビのスチールカメラマンとして活動中。