「ベイビー・ブローカー」に主演し、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したソン・ガンホ=2022 Getty Images

「ベイビー・ブローカー」に主演し、カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したソン・ガンホ=2022 Getty Images

2022.6.06

映画のミカタ:たとえツボは違っても

毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。

勝田友巳

勝田友巳

映画祭取材などの機会に海外で日本映画を見ると、一緒に見ている観客の反応に戸惑うことがある。特に笑い。「ここで?」という場面で会場が沸いて取り残されることもあれば、「ここでしょ!」というところなのに笑っているのは私だけということも。字幕のせいもあろうが、そもそも文化的にツボが違うのかもしれない。

5月に参加したオンラインイベントでも、三島有紀子監督が反応の違いを話してくれた。毎日新聞社が運営する映画サイト「ひとシネマ」の企画で、三島監督らを招いて日本映画の海外展開について話を聞いたのだ。

「韓国のお客さんは、説明的なセリフが終わると身を乗り出す。日本では説明的なセリフの時にグッと集中する」。自身の映画の上映を後方から見ていて、明らかな違いに気付いたという。三島監督は、血のつながらない家族の葛藤を描いた「幼な子われらに生まれ」、子どもを捨てて自分の人生を選ぶ女性を描いた「Red」など、人間関係のありようを問い直してきた。日本的価値観を前提にした物語の向こうに、普遍的な人間洞察がある。日本以外の観客にも伝わるように、時に丹念に描写したり、字幕に気を使ったりと配慮していると話していた。

先ごろ閉幕した第75回カンヌ国際映画祭からも、日本映画関連のニュースが届いた。早川千絵監督の「PLAN 75」がカメラドール(新人監督賞)のスペシャルメンションを受けた。高齢化社会への非情でグロテスクな解決策を通して、命の価値を問いかけている。言葉少なく余白の多い語り口は日本映画的でも、フランス、フィリピンとの合作で、両国のスタッフも加わっている。

是枝裕和監督の「ベイビー・ブローカー」に主演した韓国のソン・ガンホは男優賞を受賞した。韓国で撮られた韓国映画だが、是枝監督の作品としては父性を問う「そして父になる」、疑似家族を描いた「万引き家族」に続き母性を見つめ、3部作と言える流れだ。家族についての物語が、国境を越えてつながる。

映画市場が国際化し、世界中で人と資金の行き来が盛んになっている。これは、より多くの観客に映画を届け、製作資金の調達や回収を容易にするという経済活動の活発化以上に意味を持つ。優れた物語は必ず伝わり、受け取った人たちに大きな波紋を残す。異なる文化や価値観を物語に乗せて運ぶ映画の役割と、その海外展開の戦略は、もっと重視されていいと思う。若い作り手たちにも、思い切った挑戦を期待したい。そしてその際は、ツボの異なる観客がいることもお忘れなく。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。