「フローラとマックス」より 画像提供:Apple TV+

「フローラとマックス」より 画像提供:Apple TV+

2023.10.30

「ONCE ダブリンの街角で」ジョン・カーニー監督の最新音楽映画「フローラとマックス」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

AppleTV+で配信中の「フローラとマックス」は、ジョン・カーニー監督による待望の最新作である。カーニーといえばストリートミュージシャンと東欧移民のシングルマザーの恋を描いた「ONCE ダブリンの街角で」(2007年)で一躍ブレーク。同作はアカデミー歌曲賞を受賞し、ブロードウェーでミュージカル化され、日本公演も行われた。

カーニーはその後も、キーラ・ナイトレイがシンガー・ソングライターを好演した「はじまりのうた」(13年)や、バンドとミュージックビデオ作りに夢中になる高校生を描いた「シング・ストリート 未来へのうた」(16年)で、一貫して音楽を作り演奏する喜びを描き続けてきた。そして前作「シング・ストリート」以来7年ぶりに故郷ダブリンを舞台に据え、原点回帰のような音楽映画を作り上げたのが「フローラとマックス」なのだ。
 


シングルマザーとティーンエージャーの息子の物語

原題は「FLORA AND SON」。シングルマザーのフローラと、ティーンエージャーの息子マックスの物語だ。17歳で母親になり、元バンドマンの夫と離婚したフローラは、盗癖があるマックスに頭を痛めながらも、クラブで踊り狂って日々の憂さを晴らしている。
 
ある日、捨ててあったギターを拾ってマックスの誕生日に贈るのだが、息子はギターに見向きもしない。フローラはネットで見つけたギター講師ジェフに興味を抱き、ギターを習得しようとオンラインレッスンを受け始める。

カリフォルニア在住のギター講師ジェフを演じるのは「(500)日のサマー」(09年)のジョセフ・ゴードン=レビット。楽器や歌の才能をあちこちで披露してきたが、意外にも映画でミュージシャンの役を演じるのは本作が初めてだという。そして非常に面白いキャスティングなのが、フローラ役に抜てきされたイブ・ヒューソン。
 
スティーブン・ソダーバーグ監督の「The Knick/ザ・ニック」や、「バッド・シスターズ」といったドラマシリーズで活躍してきたが、メジャー映画に主演するのは今回が初。そして彼女は、世界的ロックバンドU2のフロントマン、ボノの娘なのである。

イブ・ヒューソンは何か言いたげなまなざしにひきつけられる素晴らしい個性を持った役者だが、歌の経験はまったくなかった。あるインタビューで彼女は父親のボノについて聞かれ、ボノが彼女をサポートし、助言をくれようとしたと語っている。しかし父親の干渉は一切拒否したという。「世界中の人の前で歌うより、父親の前で歌う方が絶対にイヤ!」と冗談交じりに答えている。
 

イブ・ヒューソンという逸材を得て、「音楽映画」ジャンル更新にも成功

劇中、フローラはネットを介してジェフとの距離を縮め、実は音楽に夢中だった息子マックスと音楽を共作するようになり、バンドマンだった元夫との関係も見直すようになっていく。本作を「音楽って素晴らしい!」と紹介するのはあまりにも短絡的だし、善意に満ちた展開を都合が良すぎると感じる向きもあるだろう。ただ筆者が本作でもっとも新鮮に感じ、そしてワクワクしたのは、フローラの音楽的才能のあり方だった。

フローラはギターを始めたばかりの素人だし、秘めていた歌唱力を開花させたりもしない。ただフローラは、ジェフに対してもマックスに対しても「その曲はこうした方がいいんじゃない?」とアイデアを持ち込むのだ。
 
世間にはいろんなタイプの音楽好きがいるが、フローラには曲の良しあしを判断する耳とセンスがあり、そして誰かとコラボレートする才能があったのだ。幾千の音楽映画が生みだされてきた中で、フローラのようなタイプの主人公は珍しいし、誰かと音楽を生み出す喜びを体感させてくれる存在でもある。

オンライン講座、インターネットを使った遠隔地間の同時演奏など、カーニーは現代的な要素を持ち込むことで十八番のジャンルに新味を出そうとしており、それは一定の効果を生んでいる。しかしそれ以上に、イブ・ヒューソンという逸材と出会ってかくもフレッシュで魅力的なニューヒロインを創出したことで、カーニーは自らの「音楽映画」を取り戻し、ジャンルの更新にも成功したのではないだろうか。
 
「フローラとマックス」はApple TV+で配信中

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ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。