毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.3.17
この1本:「猫は逃げた」 緩く鮮やか男女の機微
レディースコミックの作家亜子(山本奈衣瑠)と週刊誌記者の広重(毎熊克哉)は、離婚を決めていた。広重と、同僚の真実子(手島実優)の浮気が原因だが、亜子も担当編集者の松山(井之脇海)と関係を持っている。互いの気持ちは離れていて、あとは飼い猫カンタをどちらが引き取るかだけが問題だ。
「アルプススタンドのはしの方」の城定秀夫と「あの頃。」などの今泉力哉が組んで、R15+指定の恋愛映画を製作する企画の第2弾。第1弾の「愛なのに」と逆に、城定脚本、今泉監督。新しい感覚で恋愛、性愛を描いてきた2人の資質が、今作もうまい具合に調合している。
さて、ふた昔前なら刃傷ざたへと進みそうな関係は、21世紀には猫が取り持つ程度の軽さとなる。亜子と広重は、やきもきする真実子と松山を尻目に結論を先送り。そんなある日カンタが姿を消して、事態が動き出す。
今泉監督の恋愛映画は、「好き」を繊細に塗り分ける。自分の「好き」が相手の「好き」と同じ色合いと濃さとは限らない。それが分かっているから、真実を知って傷つくよりも、ぬるま湯の中で現状維持。一方で、欲望には素直に身を委ねる。これで執着を捨てられれば悟りと自由に至るのだろうが、嫉妬と独占欲からは逃れられない。
そんな男女の機微を、自然な会話と仕草のうちに見せてゆく手際が鮮やかだ。性愛の比重が大きい城定脚本を得て、優しさと利己主義が一体となっただらしなさが強調される。締まらない人物のとぼけたやり取りは、小さな笑いとなって映画を彩る。
人間関係が希薄となり、倫理の枠組みも変わった今、対立と葛藤は煮詰まる前にグズグズと煮崩れて、修羅場となるはずの全員集合場面は爆笑必至。ぬるいと同時に平和でもあり、このご時世にはホッとする。1時間49分。東京・新宿武蔵野館、大阪・テアトル梅田ほか。(勝)
ここに注目
だらだら、ぐだぐだ。緩くてだらしない。というより、踏ん切りをつけることができない男と女がリアルで、いとおしい。男女のことは千差万別なれど、見入ってしまったのは理屈を振りかざさないから、大きなうそがないから、そして、人のぬくもりが感じられるからだろう。演じた俳優4人は役をうちに取り込んでいて、演じている感をほとんど感じさせない好演で、セリフの間の良さも絶妙だ。極めつきは4人がそろう、終盤の9分近い長回し。大笑いしてうなずくことしきり。他者には目もくれず自身の愛を貫くのはカンタのみか。(鈴)
技あり
平見優子撮影監督はまったりした感じの画(え)で撮る。ロングの芝居含みの情景が見どころ。夜に土手脇の草むらで、亜子が懐中電灯を手にカンタを捜していると、広重が来る。カンタと連呼する亜子の声はかすれ気味で、遠くの橋に電車や車の灯が心細く見える。雲もサバチエ(画像反転)効果のような形で興趣を添える。昼の場面では、カンタの道行きがいい。河原で白い背中と黒交じりのシッポだけを見せて遠ざかる姿は、長めだが飽きない。「寄りの構図は見よう見まねで作れるが、引き画はセンスが問われる」と言うが、合格ラインだ。(渡)