「啄む嘴」 ©WAGAMAMA FILM  ASATO WATANABE

「啄む嘴」 ©WAGAMAMA FILM ASATO WATANABE

2022.12.09

特選掘り出し!:「啄む嘴」 不条理な呪縛から逃走

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ホラーというジャンルは、えてして幽霊や怪物に目を奪われがちだが、私たち観客は多くの場合、主人公のリアクションを通して恐怖を感じ取るものだ。東京芸術大大学院などで映画作りを学んだ新鋭、渡辺安悟監督が放つ本作はまさにそれ。不条理なまでに不穏なムードが渦巻く52分の中編だ。

ある夜、倉庫作業員の矢崎(間瀬永実子)が足にけがをした中島(吉見茉莉奈)という若い女性を車に乗せてやる。しどろもどろな身の上話をする中島は、謎の男(豊田記央)に追われていた。

見る者は状況を把握できないまま、一夜の緊迫した逃避行に引き込まれる。なぜ中島は追われているのか。映画は回想による説明を省き、無数のテレビモニターとそこに映る火事の悪夢的なイメージによって、深刻なトラウマを抱えた主人公の孤独と不安をあぶり出す。これはその恐怖の呪縛から逃れようとする女性のアイデンティティーの混乱をめぐる心理劇であり、命がけの闘争劇でもある。

おびえる中島とクールな矢崎という対照的な女性の連帯、謎の男との衝突が行き着く奇妙な結末。どこまでが現実で妄想か、想像力も刺激される斬新な和製インディーズだ。10日から東京・池袋シネマ・ロサでレイトショー。(諭)