毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。
2023.3.07
スピルバーグのラブレター
スティーブン・スピルバーグ監督の新作「フェイブルマンズ」は、監督自身の少年時代を描いた伝記的作品だ。2月の第73回ベルリン国際映画祭で名誉金熊賞を贈られて記者会見した監督は、「コロナ禍で外に出られない間に年齢や死を考えて恐ろしくなったことが、自分と家族を描こうと思ったきっかけ」と明かした。
映画で、スティーブン少年は家族と映画館で「地上最大のショウ」(1952年、セシル・B・デミル監督)を見て映画のとりこになり、8㍉カメラを手に入れて自分で撮りまくる。自作映画を自主上映し、大勢の観客が見入っている姿を満足そうに眺めていた。映画を見る幸せ、作る楽しみ、見せる喜びがあふれていた。スピルバーグ監督は「心は今も、少年時代のまま」というのである。
このところ、映画についての映画が大量公開されている。インドの「エンドロールのつづき」(パン・ナリン監督)、米国の「バビロン」(デイミアン・チャゼル監督)、「エンパイア・オブ・ライト」(サム・メンデス監督)、日本でも「銀平町シネマブルース」(城定秀夫監督)、「Singl8」(小中和哉監督)。日本での公開時期が重なるのは偶然にしても、ここ2、3年の間の製作だ。映画人好みの題材だから昔からたくさんあったものの、これだけ並ぶと壮観だ。
背景にあるのは、一つにはスピルバーグ監督と同様、コロナ禍だろう。自宅で動画配信サービスの映画を見る機会が増え、その楽しさを確認する一方で、映画館の祝祭的、非日常的体験を懐かしむ思いが高まった(私もそうでした)。コロナ禍の規制が緩和されると多くの観客が映画館を訪れたというのも、その表れに違いない。
そしてタイトルを挙げた作品の中の監督たちは、みなフィルムを回している。デジタルではなく。現像するまで何が映っているか分からない撮影のワクワク感と一抹の不安、カタカタと回る映写機の音。「フェイブルマンズ」ではスティーブン少年が、フィルムを加工し小道具を使い、8ミリカメラの特撮で戦場のスペクタクルを表現していた。映画の根源的喜びが、手作り感にあったことを実感する。
今や映画館は99%がデジタル化を完了。富士フイルムはとうに映画フィルム事業から撤退し、現像も老舗、東京現像所が23年11月で事業を終了すると発表して、IMAGICA labの大阪プロダクションセンターだけになった。会えなくなると、余計に思いは募るもの。それでも映画の興奮は続く。失われたものへの郷愁と、新たに生まれる幸福への期待。世界各地から届いた映画へのラブレター、見比べてみては。