ロシアとの激しい戦闘が続くウクライナ。ニュースでは毎日、町が破壊されていく様子が映されています。映画は無力かもしれませんが、映画を通してウクライナを知り、人々に思いをはせることならできるはず。「ひとシネマ」流、映画で知るウクライナ。
2022.3.14
映画で知るウクライナ:「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」 いまに重なる憤怒と慟哭
悲劇繰り返さぬように 強い思念
映像は、視覚的なイメージをダイレクトに「伝える」ことが可能なメディアだ。それが記録映画であれば事実をありのまま観(み)る者に届けることができ、劇映画であればより作り手の意志を強固に織り交ぜることができる。
直近であれば、米国の移民政策を題材にした「ブルー・バイユー」は劇映画の特性を十二分に活用した作品と言えるだろう。ドラマ性を強めに付加させることによって、より広い層に、よりビビッドに伝えることが可能になる。やはり人は、感情を揺さぶられた方が鮮明に記憶に残るものだ。そして、「感動」という言葉の通り、口コミや募金、支援活動など、能動的に行動を起こすようになる。影響を受けた観客が、物語を次の段階に連れていく運び手となるわけだ。
世界で起こっていること、起こってしまったこと。それらを知ってもらうために、そして繰り返さぬように伝える――。そうした意味で、史実を題材にした映画には、強い「思念」が込められているものだ。ロシアのウクライナ侵攻によって再注目を浴びている「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(2019年)にも、観る者を圧倒する憤怒や慟哭(どうこく)といった激情が宿っている。
モスクワの供宴とウクライナの飢餓地獄
ポーランド・ウクライナ・イギリス合作の本作は、1930年代のソビエト連邦に赴いた英国人記者が目の当たりにした恐るべき実態を暴き出すもの。世界恐慌のなか栄華を極めているソビエト連邦を不審に思った記者ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は現地に飛び、当局の監視の目をかいくぐって手がかりが隠されているであろうウクライナへと向かう。そこで彼が見たのは、想像を絶する地獄だった……。
餓死者と凍死者が道端に転がり、飢えに耐えかねて樹皮をしゃぶる者や、先に死んだ家族の死肉を食べている者――。「太陽と月に背いて」や「ソハの地下水道」で知られるアグニェシュカ・ホランド監督は、観る者がショック状態になってもおかしくない苛烈な描写を、覚悟と信念をもって見せつけてくる。
また、映画の前半では当局に懐柔された者たち(政府高官や各国の記者)の狂乱の宴が描かれており、この落差には愕然(がくぜん)とさせられることだろう。高級な料理や酒が床にこぼれようとも意に介さないモスクワの人々と、尊厳を踏みにじられ命の危機に瀕(ひん)するウクライナの人々――。両者が別世界ではなく、汽車で行ける距離に存在するということ。今現在の両国の状況にも重なる、あまりにもエグい対比だ。
身の安全と正義 どちらを選ぶか
さらに恐ろしいのは、この極端な「アメとムチ」状態が、人為的に引き起こされているということ。アメと言えば聞こえはいいが、その実態は徹底した情報統制が敷かれ、真実を知らしめようとすれば圧力をかけられ、連行に投獄、最悪処刑の危険もあるという恐怖政治だ。
従わなければ命の保証はない状況に放り込まれたとき、人は己の安全と正義のどちらを選ぶだろうか? 本作は権力に与(くみ)した側の懊悩(おうのう)にも切り込んでおり、ジャーナリズムとは何か、観る者に鋭く問いかける。ジョーンズに先輩記者が告げる「大義の前では、一人の人間の大義などかすむ」というセリフは、権力の前で筆を折られたジャーナリストの悲痛な叫びであり、一個人の限界を突きつける。
くしくも現在、ロシアでは情報統制が活発化し、反戦デモを起こした人々が拘束されるなど深刻な状況が続いている。対抗して国際ハッカー集団「アノニマス」が国営放送をジャックする事件も起こっており、事態は迷走を極めている。また、ウクライナではTwitterやInstagram、TikTokを使って一個人が発信することで、戦地の現状が世界に拡散された。フェイクニュースの氾濫という問題もあれど、「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」で描かれた〝一個人の限界〟には、変化が生じているのかもしれない。
次代に語り継ぐ教訓と無念
「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」はウクライナとロシアの歴史を知るためにも重要な映画であり、同時に「いま」とオーバーラップする物語に戦慄(せんりつ)させられもする。前述したように胸をえぐられるような描写が続くが、それは平和への切なる願いあってこそ。
この力作が個々人の胸に刻み付ける〝教訓〟や〝無念〟を忘れることなく、次代へ語り継いでいくこと――。その意義をいま、改めて痛感させられている。
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