野蛮人として歴史に名を残しても構わない

野蛮人として歴史に名を残しても構わない

2022.5.01

オンラインの森:「野蛮人として歴史に名を残しても構わない」 不都合な〝虐殺〟の歴史をめぐるブラックな狂騒曲

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品をお選びします。案内人は、須永貴子、高橋諭治、村山章の3人です。

高橋諭治

高橋諭治

ベルリン金熊賞、ラドゥ・ジューデ監督の未公開作を独占配信

 
2021年6月にスタートした映画配信サービス、JAIHO(ジャイホー)は、毎日1本新たな作品を配信し、常に30作品が視聴可能というユニークな形態のプラットフォームだ。1本あたりの配信期間は30日間に限定(60日間や常時配信の作品もある)されており、量の面ではAmazonプライム、Netflixなどの大手には到底かなわない。
 
しかし、目利きの担当者たちが世界中からセレクトしたラインアップは極めて希少性が高く、ここでしか見られない日本未公開作、貴重な名作がずらりと並ぶ。有力な映画祭で賞に輝きながら、商業的な難しさゆえに日本の配給会社が買い付けを見送った作品や、韓国、インドといったアジアの知られざる良作も多数含まれている。
 
好評を博した作品の再配信、ユーザーからのリクエスト受け付けなども行っているJAIHOが、ここにきて劇場向け配給と配信を連動させた新たな試みを実践している。第71回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したルーマニアのラドゥ・ジューデ監督作品「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版」(21年)を映画館で公開。そのタイミングに合わせ、ジューデ監督の2本の旧作「アーフェリム!」(15年)、「野蛮人として歴史に名を残しても構わない」(18年)をJAIHOで配信したのだ。もちろん両作品とも日本では劇場未公開、未ソフト化。残念ながら「アーフェリム!」の配信はすでに終了してしまったので、本記事では型破りな問題作「野蛮人として歴史に名を残しても構わない」を紹介したい。

シネマの週末:「アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版」コロナの世 後輩に一撃
 

ユダヤ人虐殺再現の芸術ショー

 「野蛮人として歴史に名を残しても構わない」という長ったらしい奇妙なタイトルは、第二次世界大戦中におけるルーマニアの最高指導者イオン・アントネスクが残した言葉から取ったもの。1941年に独ソ戦が始まると、アントネスクが指揮するルーマニア軍はドイツに協力して参戦し、ソビエト連邦ウクライナ共和国のオデッサ(現在のウクライナ・オデーサ)で数十万人ものユダヤ人を殺害した。本作は現代を生きる若い女性演出家の主人公マリアナが〝オデッサの虐殺〟を再現するショーを企画し、その実現のために奔走する姿を描いている。
 
映画の序盤、マリアナと若いクルーたちは、冗談を言い合いながら楽しげにショーの準備にいそしんでいる。彼女らが拠点とする戦争博物館には戦時中の古い銃器や軍服が大量に展示されていて、屋外には何台もの戦車、ヘリコプター、大砲が陳列されている。ここ十数年、ヨーロッパの著名映画祭を席巻し続けているルーマニアの〝新しい波〟の鬼才たるジューデ監督は、そんなショーの制作過程を縦横無尽に移動する長回しショットで捉えながら不穏なエピソードを差し挟んでいく。
 
〝オデッサの虐殺〟は多くのルーマニア人にとって、おぞましい負の歴史だ。エキストラの青年や老人らが「このショーは反ルーマニア的だ!」などと叫び、マリアナに食ってかかる事態が勃発する。さらに、役所の息がかかったインテリ風の中年男が介入してくる。自治体の芸術家支援プロジェクトの一環として催されるこのショーには税金が投入されているため、悲惨な歴史の再現は好ましくないというわけだ。
 
このショーを通して、不都合な歴史から目を背ける市民を啓発したいと意気込んでいるマリアナは、舌鋒(ぜっぽう)鋭く反論して一歩も引かない。しかし事なかれ主義の中年男は、ルーマニア軍を英雄的に見せたほうが観客は喜ぶと主張し、せめて虐殺シーンは〝控えめ〟に描写すべきだと妥協を持ちかけてくる。ひとまず臭い物には蓋(ふた)をせよ。こうした事例は、私たち日本人にとってもひとごとではあるまい。アーティストが物議を醸す、歴史を表現する行為には、抵抗勢力との軋轢(あつれき)や権力の検閲といった問題がつきまとう。


 

ルーマニアの鬼才、変幻自在の語り口

 ジューデ監督はそうした歴史と芸術をめぐる混乱した状況をダークなコメディーに仕立てた。記録映像を挿入しながら、ハンナ・アーレントの言葉やスティーブン・スピルバーグの「シンドラーのリスト」(93年)をセリフで引用し、メタ構造をも取り入れた映像世界は盛りだくさんにして変幻自在。流動性に富んだ語り口はロバート・アルトマンの群像劇を彷彿(ほうふつ)とさせ、歴史上の虐殺の再現というモチーフの扱い方には「アクト・オブ・キリング」(12年)のブラックユーモア版というべき趣がある。
 
そして終盤、ついに壮大なショーの幕が開く。アントネスク、ルーマニア軍、ドイツ軍、ソ連軍、ユダヤ人に扮(ふん)した役者や大勢のエキストラがブカレストの広場に登場し、銃声などのリアルな音が鳴り響くなか、オデッサの虐殺へとなだれ込む〝クライマックス〟は、それを見つめる市民のいかなる反応を呼び起こすのか。歴史の真実を今に伝えたいマリアナの意図は達成されるのか。もはやフィクションとドキュメンタリーの境界さえも曖昧になったその生々しくて皮肉たっぷりのシークエンスに、本作が提起するテーマの複雑さが凝縮されている。
 
6月14日まで、JAIHOにて配信中。

野蛮人として歴史に名を残しても構わない

約80年前の戦時中の史実〝オデッサの虐殺〟を検証するショーの上演に挑む気鋭の演出家マリアナ。家庭あるパイロットの男性と交際中の彼女は、公私共にトラブルに見舞われていく。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭グランプリなど数多くの賞を受賞。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。