「GOLDFISH」で主演の永瀬正敏=下元優子撮影

「GOLDFISH」で主演の永瀬正敏=下元優子撮影

2023.4.12

モデルはアナーキー 永瀬正敏「脚本一気読み。音楽の枠超えた青春映画」:「GOLDFISH ゴールドフィッシュ」

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鈴木隆

鈴木隆

伝説のパンクバンド、アナーキーをモデルにした「GOLDFISH」で、主役のギタリスト、イチを演じた永瀬正敏。「アナーキーは1980年代のカルチャーを変えたバンド。映画は人と人との関係性を深く見つめている」。アナーキーのギタリスト藤沼伸一が、自身の体験などをベースにした物語を初監督したこの映画、人生の折り返し地点を迎えた世代の、苦悩と葛藤を描く。


 

30年後に再結成されたパンクバンド

パンクバンド「ガンズ」は人気絶頂だった1980年代に、メンバーのハル(北村有起哉)が傷害事件を起こして活動休止となる。30年後、リーダーのアニマル(渋川清彦)がメンバーに声をかけイチを中心に再結成へと動きだす。ハルも音楽に居場所を求めようと参加を決めるが、仲間の成長に追い付けない焦りで自分自身を追い詰め酒浸りの日々が続いてしまう。
 
自身もパンクバンドを組んでいたという永瀬は、アナーキーについて「音楽はもとより、さまざまなカルチャーを変えたバンドだった。僕自身は海外のクラッシュとか海外のバンドが好きだった」と当時を振り返った。
 

「GOLDFISH」©2023 GOLDFISH製作委員会

セックス+ドラッグより死生観や生きる意味

「藤沼さんが自ら監督されると聞き、相当な覚悟で臨まれると思ったし、バンドの出来事だけでなくもっと深い要素が脚本に織り込まれていた」。深い要素とは、音楽を題材にした映画にありがちなセックスやドラッグに溺れる話ではなく「死生観や生きる上での多様な問題」。
 
「例えば、『イチはアニマルにはバカって言うけど、俺には言わないよね』というハルのセリフがある。ある人には気軽に言えても、同じ仲間でも別の人には愛していてもそこまで言えない関係性があったりする。学校や会社でもよくあることで、そういう違いがよく描かれている」。永瀬は続ける。「こうした繊細なやり取り、人と人との関係性をくみ取ってくれたらうれしい。イチと娘の関係もしかり。アナーキーを知らない世代の人でも感じてもらえることが詰まっている」


 

アナーキーとは違っていい

藤沼監督の体験が多かれ少なかれベースにあるドラマだが「驚くほどそれが前面に出ていない」という。実際、監督の思いが先走りすることがなく、観客を置きざりにしていない。
 
「バンド名をアナーキーにしなかったのが大きい。ガンズにして、メンバーの名前も全員違う。物語はナチュラルで説教臭さがないし、現場もおおらかで自由だった。アナーキーのファンが見て『違うんじゃないか』って思うところがあっても、違っていい。言いたいことは変わらないというスタンスだった」
 
とはいえイチ役としては、藤沼監督自身の人生観とかキャラクターを無視できず、撮影中、できる限り監督の近くにいた。「仕草をまねするとかではなく、たたずまいから醸し出されるもの。空気感のようなものがでればいいと思っていたし、ほかの共演者も同じ考えだったのではないでしょうか」
 

個性強烈相米監督「俺が知るか」

1983年、相米慎二監督の「ションベン・ライダー」でデビュー。以来、映画出演が途切れない。作品に入る際のこだわりを聞くと、相米監督とのエピソードを教えてくれた。
 
「初めての現場で、芝居はやったことがなく、映画の世界を何も知らず、しかも監督の個性が強烈すぎた。全く何も教えてくれない人で、何を聞いても『俺が知るか』と言われるだけ。ド素人にできるわけがない。小芝居になるので、全部振り払うというか、気持ちができるまで2日でも待ってくれる人だった」
 



「なんで何も教えてくれないのか、と言ったら、『お前がやってんだからお前が一番知っているはずだろ』と言われた言葉がいまだに残っている。どの作品でも、監督にどうするかいろいろ聞く前に、自分で道を考えて選ぶ癖がある」
 
脚本を読んでイメージしたことを、そのまま思いっきり現場に持って行った時期もあったという。「ただ、感情が高まるシーンなどでなかなか戻ってこられなくて、現場を止めてしまったこともあった。それって、とても独り善がりで、一人の役者がよくても映画としては成り立たない。共演者がいて、スタッフがいて、知恵を出して作っていくのが映画」と思えるようになった。


距離感を大切に演じた

話を戻そう。本作で最も気にかけたのは「微妙な距離感。特にハルとの」。北村と話をしたわけではないが、「ハルへの言葉を探し切れていない関係性、距離感が難しかった」と打ち明けてくれた。
 
最初に脚本を読んだときに「一気に読めた。力があって、ちょっと飲み物とか、メールが来たとか一切気にせず読み切った。アナーキーの実際の出来事を知っていたけど、映画はどんな結末にもっていくんだろう、どんなふうに作るんだろう」と最後まで集中できたという。「単なる音楽映画の枠を超えた作品になっているし、青春映画といってもいい」とほおを緩めて笑顔を見せてくれた。

全国で公開中。

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
下元優子

下元優子

1981年生まれ。写真家。東京都出身。公益社団法人日本広告写真家協会APA正会員。写真家HASEO氏に師事