「ペイン・ハスラーズ」より © 2023 Netflix, Inc.

「ペイン・ハスラーズ」より © 2023 Netflix, Inc.

2023.11.27

実際に起こった出来事を基に、アメリカの製薬業界の内側を暴いた犯罪ドラマ「ペイン・ハスラーズ」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

9月のトロント国際映画祭で上映されたNetflix映画「ペイン・ハスラーズ」は、職を失ったシングルマザーが製薬会社の販売員として成り上がるが、会社の不正に巻き込まれてしまう姿を描く犯罪ドラマだ。主人公のライザ・ドレイクを演じるエミリー・ブラントはエグゼクティブプロデューサーを兼任しており、「ハリー・ポッター」「ファンタスティック・ビースト」シリーズで知られるデッド・イェーツが監督を務めている。
 

製薬業界を舞台にシングルマザーのサクセスストーリーと苦悶する様子を描く

 2011年、フロリダ。スタートアップ企業のザナ製薬は、末期がん患者に処方する鎮痛剤「ロナフェン」(合成オピオイドのフェンタニル)を開発した。舌下にスプレーすると5分で効果が表れ、臨床観察で報告された過剰摂取のリスクは1%以下だ。だが、プロモーションの予算がなく、会社は経営の危機にひんしていた。
 
営業マンのピート・ブレナー(クリス・エンス)は、ストリップクラブで出会ったポールダンサー、ライザの洞察力と話術を買い、販売員にスカウトする。職を失い、娘のフィービーが過失による放火事件で退学になり、身を寄せていた妹の家を追い出されて後のないライザは、販売員として才能を発揮し、ザナ製薬の救世主に。そして歩合制の給与システムにより、1年目で60万ドルという大金を手に入れる。
 
彼女のサクセスストーリーと心境の変化をわかりやすく伝えるアイテムが、ファッションの変遷だ。ストリップクラブに入っていく彼女の服装は、上下とも着古したピンクのスットだった。ザナ製薬の販売員として医師に会いに行くときは、明らかに露出度が高くなっていた。ピーター・バーグ監督のNetflixドラマ「ペイン・キラー」でも、女性販売員が女を武器に医師に営業をかけていたことを思い出す。
 
医師を接待する「セミナープログラム」では、胸の谷間を際立たせる真っ赤なボディコンワンピースで場を盛り上げる。昇進するにつれ露出面積は減り、エレガントなスーツスタイルが増え、高級ジュエリーをつけるようになっていく。そして、ある覚悟を決めてからの彼女の装いは黒一色に。着回しはほとんどしないため、ざっと数えて30パターンもの着こなしが目を楽しませる。
 

医師を取り込んでいく過程には開いた口が塞がらず

 本作は、製薬業界の内側を暴き出す。劇中で「製薬業界のしき風習」と言及されている、医師を接待する「セミナープログラム(Speaker Program)」の描写には、開いた口が塞がらない。講演会とは名ばかりで、実情はただの酒池肉林のどんちゃん騒ぎではないか。販売員が医師に会いに行くときに、手ぶらはありえない。手作りのデザート、外国土産の高級マカロン、ランニングマシンにプライムリブなど、それだけで生活が成り立つラインップだ。
 
ライザが初めてロナフェンの処方箋を書かせることに成功したライデル医師は、出会ったときは頭頂部がほぼげ上がっていたのに、ライザのはからいにより途中から髪がフサフサになっていた。彼のようにプレゼント中毒になった医師たちが、オピオイド危機をまん延させたのだ。
 
ライザの娘フィービーには持病があり、完治するための手術費用は保険の適用外で高額だった。それを稼ぐために自分が売りまくったロナフェンが、多くの人々を過剰摂取で死に至らしめたことを知り、ライザは苦悶(くもん)する。彼女は窮地に陥ると、「私は自分を諦めない」「私は夢を諦めない」「私は悔いのない人生を送る」と自分に言い聞かせ、人生の荒波を乗り越えてきた。そして連邦検事局への告発を決意する。
 
ザナ製薬の最高経営責任者であるジャック・ニール博士(アンディ・ガルシア)は、前半では経営にほとんど口を出さず控えめだが、中盤から徐々に存在感を増していき、ライザと一騎打ちの様相になっていく。食えない悪人を演じるガルシアもいいが、ピートを演じるクリス・エンスもいい。
 
ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密でもクソ野郎を好演していたが、本作で演じているのは、金と会社のために一線をえてしまう自称「利己的なクズ」。常にアドレナリン全開で走り続けるその切迫感と焦燥感に、彼は何を背負っているのだろうかと、想像せずにはいられない。ロナフェンのスプレー型きぐるみをかぶってステージでラップを披露するシーンも見どころだ。
 

実際の出来事を基にした、もう一つの「オピオイド危機」

 本作は実際の出来事を基にしている。製薬会社インシス(Insys)が、オピオイド系鎮痛剤スプレーのサブシス(Subsys)の販売促進のために、医療関係者に賄賂を贈るなどの罪で、創業者のジョン・カプール(John Kapoor)と重役たちが有罪になったのだ。
 
今なお続くオピオイド危機において、カプールは初めて有罪になった製薬会社の経営者だ。「ペイン・キラー」ではパーデュー・ファーマ社がオピオイド系鎮痛剤をまん延させていく様子が描かれたが、その経営陣はいまだに逮捕されていない。
 
それにしても、臨床試験で過剰摂取のリスクが1%未満だったこのロナフェンが、なぜ多くの人々を過剰摂取により死亡させたのか? 劇中で理由が明かされるのだが、そのまさかのからくりに、思わず身構えた。
 
「ペイン・ハスラーズ」はNetflixで配信中

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ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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